人生

京都3

三条河原町の田園を探すが分からない。再度ネットで検索。店はvoxビルの地下一階に変わらずあった。しかし、店の造りは少し違っていた。仏教大学のジャズ研究会が演奏していた。take5?ビール二杯と枝豆だけで出てきた。


土地勘が全くなくなっている。


一澤帆布に鞄を買いに東山へ行ったつもりが、堀川通りに出たことは前述した通りである。ここでタクシーに乗った。

ところで烏丸線御池駅で乗り換えて初めて東西線に乗った。

東西線は自殺防止のためのフェンスがついていて東京の地下鉄のようであった。


市役所前の駅で降りたら三条河原町はすぐだった。田園と同じ筋にあったはずのスーパーボウルは見当たらなかった。歩いてホテルコーブイン京都に戻ろうとしたのであるが道に迷う。辺りは真っ暗である。流しのタクシーを拾って何とか帰れた。同じ筋であるが南北、逆に向っていたらしい。タクシーさまさまである。浦島太郎である。


京都2

一澤帆布に買い物に行く時、河原町方面に向かうつもりが、間違って堀川通りに出てしまった。まるで一回生の時のように迷子になってしまった。



仕方ないのでタクシーを拾った。四条通りは一車線になって混雑していた。

観光客向けに歩道を広げた結果だという。


ところで上賀茂神社からであるが、46番のバスに乗った。


しかし乗った後でわかったのであるが、三条河原町には行かない。四条河原町のみであるという。4番のバスと間違えたのではないかと言われた。

仕方ないので仏教大学前のバス停で降りて、かつてのバイト先MKタクシーに電話する。番号はスマホで調べた。便利な世の中になったものである。もっとも待っても来ないので流しのキョウワタクシー?を捕まえた。MKにはキャンセルの連絡。北大路駅まで送ってもらった。河原町ビブレはなくなっていたが、北大路ビブレが出来ていた。河原町ビブレは取り壊してマンションの建設中であった。

20150708京都 1

16年ぶりに訪れた京都。初めて嵯峨野線に乗った。

丹羽平の駅で降りて京都紋付に染め物を依頼しにいったのであるが、昼メシの時間らしく誰もいなかった。携帯から電話して従業員を呼びだしてもらった。

嵯峨野線では韓国人の若者三人が隣に座っていた。駅を降りて思ったのは至る所、やたらと線香臭い。こんなに線香臭い街であっただろうか?

かつて通った上賀茂の定食屋ハイライトにも行った。御園橋通りも大分変わっていた。かつてあったカレー屋はカメラ屋になっていた。

バイトしていたスナックはなくなっていた。母校へはどうやって行くのか分からなくなっていた。京都紋付に行った帰りに浅田の実家、西院にあるt&cに行ったが店の名前も変わっていた。違う人物がオーナーとのことである。

ところで上賀茂神社からであるが、夜遅くで暗いしバスで河原街に向かうことにした。ところでハイライトの茶はぬるかった。コメがやたらと多かった。あんなメシを三年間も食っていたのか?赤い福神漬けがなくなって黄色い沢庵になっていた。

それで上賀茂神社からバスで三条河原町へ向かうことにしたのは、昔ナンパで使ったボックスビルの田園に行くためである。 

出会い

最近、出会いを求める行動をまったく起こしていない。年齢と共に性欲も減退しているのであろうか?
それとも、ただ単に億劫になっただけか?

休日の過ごし方もマンネリというか、特に新しいことを始めようという気概もない。
飲み会にも行かなくなった。

そもそも誘われなくなった。皆、結婚してしまった。

旅行にも行っていない。2年前に東京に行ったくらいか?

今年は京都に行こうか?

現状を変えるには生活を変える?

思考を変える?

結婚への布石として無料登録でもしてみようか。

2015,0606 ヨカワ氏

仕事はやりたいか、やりたくないかで判断。

年齢的に転職は難しい。こんな思いをしてまで、やりたくないと思えば辞めても可。

 @見ないふりしている。

@心の安定する方を選ぶ。

固定収入+若干の勇気


@メリット、デメリット、両方ある。
受け取れるデメリット。

@成功している人の真似をしても成功しない。

@やり方が成功したのではない。あり方が成功した。

私は、どんな人間になりたいのか?


ジンさんの一挙一動を取り込むようにする。⇒これは、やり方。


@良いこともイヤなことはセットで入ってくる。⇒その嫌なことに、どう対処するか?

@損をする覚悟(半分は)

@損も豊かさも入ってくる。

@@@私は、どんな人間になりたいのかを決める。


@ありたい人間

@好かれようと思ったものは売れない。

@自分が惚れたものは売れる。

@媚びている。自分を認められたい。

@儲けるのではなく楽しむ。

@悪口を言う人間は弱い人間。他者を貶めることで自分を良く見せたい。


@役に立ちたいを思うと、それが心のクサビになる。(ブレーキ)
役に立たなくても良い。

@自分の機嫌は自分で取る。
@他人の機嫌を私は取る必要がない。

@どっちが楽しい◎
どっちが損得。x

どっちが良い悪い。X

@婚約破棄

⇒罪悪感があると次の人を見つけられない。
転ばぬ先の杖は不要。

問題は起きてから考える。

@上司と合わない。駄目な自分でもイイや。下がりようがない。

43歳。自分のことは自分で決める。

親は反抗するためにある。

2,2M 60min

>>

http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12035607256.html

上記より転載

究極の問題解決方法
 

いきなり結論を言います。

究極の問題解決方法があります。

でも、これを言うと多くの人が

「それはできない」と言います。

「それはできない」なのか

「それはしてはいけない」なのか

「それはしたくないのか」

わかりませんが、

究極の問題解決方法があります。


でも、それを言うと

怒り出す人もいます。

こちらの方のように

楽しいことなんかしてる場合じゃないからこそ楽しいことするんですよ!

http://ameblo.jp/akiaki0830-juria/entry-12034581073.html


でも、それが

一番なのです。

「なにも、しない」

「解決しようと、しない」


ということ。


言いかえると


究極の問題解決方法とは

「悩まない」 

ということです。


「おいおいおいおいおい」でしょ?(笑)


また言いかえます。

「そのことで、悩むことをやめよう」

ということです。



言いかえます。


「そのことを、問題視するのをやめよう」

ということです。



それを「問題」だと「問題視」するということは

その「問題」の「真逆」が

「正解」

「理想」

「正しい」

「あるべき姿」

だと「信じている」ということです。


それ「が」素晴らしい

それ「が」理想だ

それ「でなければ」

ということ。


お金の問題

愛情の問題

人間関係の問題

仕事の問題

健康の問題


「いまのままじゃない、もっと理想の形」

を追い求めるから「問題」になる。

「現状」が「不快」だから

「快適」を求める。


もちろん、それでいいのですが、



ちょっと、ここからの質問を

自分の中で答えてみてください。

出来れば「書き出す」という行為でもって。





「そのことで、もう悩むのをやめたとしたら、何してますか?」



「あなたが悩んでいることは、どう"悪い"ことなのですか?」

「ほんとうに、悪い ことですか」

「その問題を通じて、あなたは世間に何をアピールしたいですか」





いま、その問題を抱えているあなたは

いま、その問題を抱えたときでないとできないことをやる時です。


先程の例で行くと

(と、このあともずっといいこと書いてたのに、パソコン落ちて

 ここまでしか保存してなくて きぃぃぃー! ってなったのは問題視してもいいよね(笑)



先程の例で行くと

「夫が家にいるからこそできること」を

やるチャンスなのです。


「いつも夫がいなくて出来なかったこと」を

やるチャンスなのです。


そして、彼女はそれができた、

そしたら状況は変わって行くのです。



「なんにもしない」

「問題視しない」

ちょっと勇気要りますね。




僕も昔は「妖怪問題視」でしたから(笑)

「問題視」する正義の味方が

「悪」の「ショッカー」を作り出すんですね。


ショッカーも、ここでは楽しそうです(笑)

>>>中略



悩まなくていい、問題がないから。


問題ないってことは
このままでいい!?
このままでいいってことはダメなとこがない!?



病気でも家事も仕事もできなくても
いい奥さん、いい母親じゃなくても
私は素晴らしい!?



これじゃ人生って
生きてればいいだけの
生きてるだけで素晴らしい
楽勝すぎるゲームですよね!?


本当に いいんですか?
これで私も 愛も健康もお金も手に入るんですか?


はい。(笑)






だから、ほっとけって(笑)
 




死ねなかった

俺は何度も死のうとした。でも死ねなかった、放っておいても俺は死なないのだ。

そんな簡単には、死なないのだから、放っておいても構わないのだ。たぶん。

アメリカ先住民

『朝起きたら、

太陽の光と、おまえの命と、おまえの力とに、

感謝することだ。

どうして感謝するのか、その理由がわからないとしたら、

それは、おまえ自身の中に、罪がとぐろを巻いている証拠だ』

ショーニー族の首長、テクムセ(1768-1813)の言葉』

ニーチェ

人間の生の本質は、欲求とそれが満たされないことのギャップに生じる苦悩にある。
つまり、人間にとって苦悩は避け難い本質として存在する、ということになる。
人間がこの避けがたい生の苦しみの中で、そこから逃げる道筋は三つしかない。
宗教、芸術、道徳である。
これらだけがそれぞれ独特の仕方で、人間に生の苦悩から脱却し得る可能性を与える。

ニーチェ


損切り

http://bunpitsugeki.jp/
上記より転載
人生を守る「損切り」の断行

 藤原宏美, 関水徹平(著)『独身・無職者のリアル』(扶桑社新書) の中に悲惨な事例が記載されていた。

 「公務員試験に6年連続で落ち続けて、ショックで4年間、引きこもりになってしまった」という男性だ。これで大学卒業後の10年が、「職歴なし」になってしまったというわけだ。

 この男性は、怠けていていたわけではない。毎日4~8時間、公務員試験対策の勉強をしていたそうだ。しかし、6年連続で不採用。

 改めて僕が言う必要もないが、職業生活を歩む上で、20代から30代にかけての時期は、最も重要な時期だ。実務能力も、この時期の過ごし方で決まると言って良い。

 今更言っても遅いが、その時期を「公務員対策の勉強と引きこもり」で空費するのは、キャリアの上では、致命的と言ってもいいほどだ。

 気の毒ではあるが、これは本人の判断ミスも大きいだろう。

 この公務員試験に執着して、人生を棒に振った若者は、おそらく「これまでに費やした時間と労力が無駄になる」が故に、途中から、引くに引けなくなったのだと思う。

 気持ちはわかるが、数年を無駄にすることを惜しんだために、より大きな人生の損失を招くことになった。

 最悪でも、「2年連続不採用」または「3年連続不採用」の時点で、公務員試験対策に費やした時間と労力は、「損切り」をして、他に働ける場所で働くべきだったと僕は思う。

 「損切り」とは、投資用語で、誤ったポジションを取ってしまった時、損失額をそれ以上拡大させないために、投げ売りして、損失金額を確定させることだ。

 既に注ぎ込んだ時間や労力、金銭は「サンクコスト」と呼ばれる。サンクコストは、もう戻らない。

 良い意思決定をするためには、「サンクコストを考えない」のが大原則だ。数年間の労力を無駄にしたくないばかりに、今後の人生を棒に振るのは、本末転倒としか言いようがない。

JPOPの歌詞を書くなら、「夢を諦めないで」だが、現実問題として、物事にはタイムリミットがある。

 「努力すれば、手が届く」のか、「努力しても、手が届かない」のか。競争率の高い職業を目指す若者にとって、最も重要なことは、この見極めだと思う。自惚れすぎてはいけないが、卑屈になってもいけない。ハッキリ言って、この見極めは非常に難しい。

 見極めは難しいが、叶う見込みのない目標に固執すると、人生全体を棒に振るリスクが高まる。「努力しても、手が届かない」と気付いたら、速やかに「損切り」し、その道から撤退することが重要だ。

 これは職業選択の文脈だけでなく、恋愛でも同じことが言える。

 誤った判断をしたなら、そのために注ぎ込んだ時間や労力は、潔く諦めるべきだ。

 もちろん、判断を間違わないことが理想的だが、人間なので、それは難しい。大切なのは、誤った判断をしたとしても、人生を棒に振る前に、「損切り」を断行することなのだ。

公務員試験に6年連続で落ち続けた男性は、身をもって、そのことを教えてくれた。

ミッチー

すべき勉強をしないままデビューしなくて良かった。

今、出来ることをやるしかない。

by ミッチー