人生

過去への手紙、佐藤のワーク

Q1

仕事、プライベート、趣味の分野で、どんな感情を持ち、どんな人と一緒にいたのか、どんな環境だったのか、などを思い出してみましょう


Fは俺が辞めることをバカにしていた。俺は直観力と客観的な条件がそろっているにも関わらず、変な意地をはって辞めなかった。直感はHに電話しろといっていた。Aが無能であることは俺は知っていた。知らないバカが多かったが。



俺は、それを無視して九州に旅行に出かけた。



みんなの前で辞めることを宣言する、挨拶するのは何となく格好悪いなという気がした。


俺が辞めたら、俺がやっていく予定の仕事は誰がやる?あいつらが可愛そうじゃないか?なんて思ったりもした。実際は全然可哀そうではなかったのであるが。

両親は俺のやりたいことに大反対だった。特に母親は。
変なカルトにかぶれていたかもしれない。あのカルトは田布施の宗教であった。そのことに当時は気付いていなかった。


Q2.現在、その状態はどうなっているかを、その分岐点の時の自分に教えてあげてください。
ポイント:分岐点から現在までで変化したことを伝える気持ちで書いてください。


やりたいことを出来なかった、職業に出来なかった不完全燃焼のような感じだけが残っている。いくつかの仕事を変わった。たぶん現在のあなたでは想像も出来ないような職業についている。結婚はしていない。一回、婚約破棄をしている。


ただし、職業をいくつか変わったことで、それまで理解していなかった。経済、商売、雇用といった世の中の仕組みを理解することができた。たぶん、あなた、つまり俺の前世は旧共産圏、東側世界の人間だった。なので商売は下手かもしれない。学校を卒業したら政府が全部、面倒を見てくれるのは社会主義国家だけだ。資本主義世界では自分で職業に就かなければならない。


田布施出身のあの男の本に書かれていたことが嘘であることが明らかになった。グルは裁判に訴えられた。それと、俺が一番信頼していた後輩が一番の裏切り者であることが明らかになった。逆にそれほど期待していなかった後輩に一番、助けられた。それから塚田は最後まで俺の信者だった。彼を大事にすると良い。




Q3.現在から分岐点を振り返り、こうすればもっとよかったという修正できる行動や選択はありましたか?
   どう修正すればよいのか、教えてあげてください。
  
例:あの時、~という決断をしたけれども、
  もう少し~してからでよかった。
  あの時、~したけれど、~という選択肢もあったよ。



周囲の声、視線は気にしなくて良い。自分自身の内なる声、直観に従え。自分の本質は絶対に自分を裏切らない。ちなみに、あなたは当時、長渕剛の信者であったが、あなたが卒業して、しばらくして彼は裏切りに合い、刑事事件で逮捕される。しかし、被害は軽微だ。致命傷にはならない。逮捕されてからの彼は、私のように宙ぶらりんかもしれない。通っていた一本の筋が消えてしまった。





Q4.(1)未来の自分は、いつも「過去の自分」を応援しているし、
必要な情報は教えてあげられる、 

 最後に「あなたが未来の私からメッセージをもらっているように、私も未来の自分からメッセージをもらえると思うので安心しています」 

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自分の内なる声に従え。直感を信じろ。周囲の声、視線は気にするな。
わくわくする方を選べ。


「何があっても自分の人生にイエスと言う」







これは、アウシュヴィッツ収容所から生還したオーストラリアの精神科医


V・E・フランクル博士の著書「それでも人生にイエスと言う」


をヒントに青山華子さんがつけたものです。


想像を絶する過去を持つ青山華子さんはこの本が愛読書だったそうです。





さて、今日は、この機会に、この世界的名著「それでも人生にイエスと言う」

を元に「生きる意味と価値」について、


僕なりの考えを交えて書いてみたいと思います。





特に今、深い悩みと先の見えない不安におしつぶされそうになっている


あなたにとって、何かしらのヒントになればと思います。


※決して、これが正解だということではありません。


無理に納得する必要もなく自分が響くものがあればヒントにして下さい。





いきなりですが、「生きる意味とは何でしょうか?」


実は先日、「長く安定した幸福とは?」というブログ記事を


3回にわたって書きました。


もし興味があればそちらもお読みください。

http://ameblo.jp/com-kaizen/entry-12125953301.html





偶然ですが、そのブログ記事で僕が書いたこと・・


「ラクを求めない方が幸せになれる」


ということをフランクル博士も本の中で言われています。


フランクル博士はこのように言っています。


「人間は楽しみのために生きているのではない」と。





僕が思うのは、(短期的な)ラクや楽しみを求めて生きていると


結局は苦しくなるということです。


快楽主義で生きること、ラクを求めることは困難に立ち向かう力を


奪ってしまうように思います。


わかりやすく言えば麻薬やアルコール、ギャンブル、恋愛などに


溺(おぼ)れてしまう人がそうですね。


そこまで行かなくても先を見越した努力をせず、


ラクな方、ラクな方に流されて、その日暮らしの場合、


将来苦労する可能性が高くなりそうです。





さて、フランクル博士はある実験を引き合いにだしてこう言います。


ある実験というのは人間が感じる不快感と快感を計測する実験です。


それによると人間は日常生活の中で「快感」よりもずっとたくさんの


「不快感」を経験するそうです。


だからこそ、最初から楽しみのために生きることは不可能だ


と博士は言います。





そして、博士はこのように言います。


「幸せは目標ではなく結果にすぎない」と。


どういうことでしょうか?


本を全部引用するわけにはいきませんので、ここからは僕なりの


解釈でまとめていきます。





さて、フランクル博士は言います。


「人生とは生きなければならない義務である」と。


僕個人は義務という言い方は好きではないのですが、


「必然の流れ」とか「定め」「運命」「宿命」


という方がしっくり来るように思います。





なぜ、「必然の流れ」「定め」「宿命」なのかというと、産まれてくる


選択をしていない(少なくとも覚えていない)からです。


自分で選んだのなら「定め」というニュアンスはしっくり


来ませんが、選択した記憶もないままに生きている。


だから「必然の流れ」「定め」「宿命」という方が


しっくり来るように思います。





ある女性がこう言いました。


「人生にはもう何も期待できない・・」


けれども、その女性には子供がいました。


その子供は今もお腹を空かして母親の帰りを待っているのです。


つまり、この女性には人生に期待出来るものは何もなくても、


この女性を待っている人(自分の子供)がいることがわかりました。





「私は、これからの人生に何を期待できるだろうか?」


これは間違った問いかけだとフランクル博士は言います。


そうではなくて、こう問いかけるべきだと博士は言います。


「人生は私に何を期待しているだろうか?」と。





180度逆なのです。


あなたがいて、あなたが期待する人生があるのではなくて、


人生が先にあって、あなたに期待しているのです。


あなたが産まれてくる選択をしたのではないとすれば、


あなたは必要があってこの世に生を受けた。


あなたではなくて、人生のほうがあなたを必要とした


という感じでしょうか。





人生があなたの命を使う。


つまり『使命』ですね。





ここからは僕なりの補足ですが、


人生があなたに期待することというのは、


あなたが『やりたいこと』という形で現れるかもしれません。


でも、逆に『やらざるを得ないもの』という形で現れるかもしれません。





それはどちらであっても問題ではないのです。


今、自分自身に問いかけてみて下さい。


『人生は私に何を期待しているだろうか?』


そして、自分なりの答えをだしてみて下さい。





ここで実践するための僕なりのヒントを話します。


自分自身で自分に問いかける時、


最初から理想的な完璧な答えを出そうとは思わないで下さい。


答えは、問いかけるたびに変わってもかまわないと思います。


問い続ける中で、その人それぞれの『答え』が見えてくる


のだと思うのです。





例えば、ある日の夕方、プレゼンの準備に追われるさなかにふと


頭にこの質問が浮かんだとします。


『人生は私に何を期待しているだろうか?』





答えはきっとこうでしょう。


「プレゼンの準備をすること。」


これでいいと思います。


答えは今、プレゼンの準備をしっかりやることなのです。


人生は、今この瞬間しかありません。


どんな理由であれ、今、それをしないといけないならそれが


今この瞬間に人生があなたに期待していることだと思います。





人生があなたに期待すること・・


それは、子供をあやすことかもしれない。


彼とのデートを楽しむことかもしれない。


ハローワークで少しでも良い求人をさがすことかもしれません。


メルマガを書くことかもしれません。


その瞬間には、その瞬間の答えがあると思います。





さて、プレゼンの準備が終わったとします。


疲れたあなたは、帰りにスタバに立ち寄ります。


ソファーに深く腰掛けて、ゆっくりとカフェラテを飲み始めます。


そんな心地良くゆったりした空間と時間の流れの中で、


あなたの脳裏に再びあの質問が浮かんで来ました。


『人生は私に何を期待しているのだろうか?』





今度はじっくりゆったり考える時間があります。


色々出て来るかもしれません。


母親の顔が浮かぶのかもしれません。


彼かもしれません。


会社の後輩かもしれません。


世界で飢えている子どもたちが目に浮かぶのかもしれません。


僕なら、(恋愛・婚活に)悩む女性が浮かびます。


どれが正解でどれが間違いということもないし、優劣もありません。





『人生は私に何を期待しているだろうか?』


このように問いかけて下さい。


答えはあなた自身が出してください。


あなた自身でしか出せないのです。





もちろん、考えを深める支援はできますし、


そもそも思考停止してしまうメンタルブロックがあるなら


外すことなど支援はできます。





でも、最終的に答えを出すことができるのはあなたしかいません。


さっそく、このメルマガを読み終わった今この瞬間に、


自分自身に問いかけてみて下さい。



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『人生は私に何を期待しているだろうか?』





※興味があるかたはぜひ、「それでも人生にイエスと言う」をお読みください。

Amazonか大型書店で買えると思います。





それでは、今日はここまでにしますね。


ぴったりあった素敵な方と出会い、

愛し、愛されるパートナーと恋愛や結婚をして

どこまでも穏やかな幸せが続きますように。


吉田亮介氏のメルマガより転載



祖母の葬儀

9月23日

母方の祖母の葬儀だった。家族葬なので親族のみ。
子供、孫だけである。

会場への道を間違えて、時間ギリギリに会場入り、後ろの席で小さくなっていた。

死に顔はキレイだった。

老衰と病気では、死に顔は、こんなにも違うものかと感じた。

今まで、人の死に顔は何回か見てきた。

叔父二人、祖父(父方、母方)祖母(父方)皆、ガンなどの病気で亡くなっていたので、死体はモノのようであった。苦しまずに死んだというのが解る気がする。



喪主である長男の伯父が、自身のことを語った。

曰く、自分が小学一年生の時に、浜から山に引っ越した云々。



続いて、亡くなる前の祖母の認知症の様子を語った。



曰く、次男が県知事になった。

末っ子の妹が帰ってきた等。自分の願望と妄想の中で死んでいった。幸せな最後だったと。

遺体が炉に入れられた後で、私は帰ってきた。

大阪から来た血の繋がりのない叔父は何故か阪神タイガースの臭いがした。

この叔父さんの子供、娘二人は子供のときは全然違う顔だったのであるが、今ではソックリな顔になっていた。

また、上の姉の方が自分の子供の書いた作文を棺に入れるのを見た時に、何か迫るものがあった。

祭壇の前には99歳まで生きた表彰状が額に入れて飾られていた。

内閣総理大臣、安倍晋三の名前が書かれたものである。

大正生まれ、1916年生まれの祖母

祖母の魂よ、安らかなれ

亡くなる前、私に双子の女の子が産まれたと言っていたという。


やりたくない仕事

やりたくない仕事をやっているわけです。私は。

面白くない仕事をしているわけです。私は。

どうして?何故?と自問した時に出てきた答えは、ただひとつ「カネのため」
では、逆にカネにならない仕事を趣味で始めたら、どうなるのか?

ボランテイアみたいなものか?

>>>仕事 辞めたい

自分に原因

自分に原因があるのだ。

ダニに食われて腕がボロボロになった。
何故、部屋が汚い。


左遷された。
上司からの評価が悪かった。


誰でもない自分に原因がある。

後悔というものの本質は選ばなかった方の選択肢が良く見えるということではないか。

私は今、異動の辞令を受けてYアルミに転職しておけば良かったのではないかと考えている。


しかしながらYアルミに転職していたら、あのまま辞めずにS金属にいたら、どうであったかと考えていたであろう。


後悔の本質とは選ばなかった方が良く見えるというだけではないか。

天下国家を論じてみても、自分の生活に答えが出せなければニセモノか?

上司からの評価は仕事の評価。
人生の評価とは関係ない。

俺から俺への人生の評価は常に最高!

タロット一枚引きでは「力」のカードが出た。

なべやかん

自分の人生に替え玉はいない。

なべやかん

お礼のみ

遅ればせながら、ご挨拶のみ。

先日はありがとうございました。

ところで京都は、あんなに線香臭い街でしたか?駅を降りた瞬間に線香のニオイが強烈でした。関西、特に京都は蒸し暑かったです。

お会いしたとき、臭っていたら失礼。自分でも少し汗臭かったです。
あの時、来ていたシャツは神戸のホテルで捨てました。

8日、19時くらいに上賀茂神社周辺に行ったのですが、、御園橋通りで変わっていなかったのは、かわかみのお好み屋、王将とハイライト、そして鴨川の流れくらいでしたかね。
正直、暗くて良く分からなかったのですが。





あの後、神戸に行って中華街で飯を食いました。

 



中華街では久しぶりに北京語を話しました。かつて中国人と仕事をしていたので少しは話せます。

神戸は震災の爪痕は微塵も感じませんでした。(うちの親父があの震災の時に神戸にいました。一週間、音信不通でしたが、生きて帰ってきました)
神戸同様に福島の復興を強く願いました。

 

かつて良く買い物をした高架下商店街に行ったのですが、朝九時で店はシャッター街でした。ほとんどの店が11時開店だそうです。二時間待っても仕方ないので、その後、大阪、梅田、心斎橋に行きました。
アメ村は平日のためか元気がなかったような気がします。かつてあった店がなくなり別の店がありました。中国人観光客が溢れていました。

その後、阪急で梅田に戻り、烏丸から京都、汗だくになったシャツを京都駅のゴミ箱に捨てて着替え、帰りました。




雷鳥は福井の温泉街にやたらと停車して、かつてよりも乗り心地が悪くなった気がします。

金沢から新高岡駅までは10分ですが。乗り換えが面倒。。

明日から、また奴隷の仕事です。

 


ところで、あの本、良かったですわ。どこで知り合ったのかな?

酒を飲みながらで、、脈絡がないかもしれませんが、取り急ぎお礼のみ。




20150710 神戸

通常通り6:30に目覚めた。もう少し、遅くても良いのかもしれないが、規則正しいリズムである。

さて、かつて良く買い物をした神戸高架下商店街を目指す。神戸駅からJR三宮駅で降りる。

この場所に来たはずなのであるが、それらしき場所が見当たらない。
それもそのはず、ほとんどの店が11時くらいからでないと開かないという。

ほとんど全ての店でシャッターが降りている。三宮到着が9時、通勤ラッシュに掴まって、おまけに店も閉まっている。

2時間を無為に過ごすわけにもいかないので梅田に行くことにした。

阪神電車である。320円なり。


神戸南京町中華街

JR神戸駅から元町駅で降りる。ネットの口コミサイトで評判の良い店を探すも、所在不明。仕方なく客引きをしていた四川料理の店に入る。

visaカードが使えるというから入ったけど、結局、現金のみだという。注文したのはフカヒレラーメン、飲茶セット。1080円とビール580円。

トイレに入ったのであるが、トイレの横に地下倉庫へと通じるドアと外へ出るドアがある。見ると地下倉庫は大陸のニオイがプンプンする。つまり散らかっている。

肝心の味の方は一言で言うと(大陸の味)がする。つまり不味いということである。

店の中で従業員の子供が遊んでいる。子供は二人、本国では1人の子供も日本では複数okなのだという。

上の女の子、5歳と記念撮影をした。

中国人が日本のラーメン屋に並ぶのが分かる気がする。この店で一番美味かったのが日本製のアサヒビールである。店の従業員に大震災117のことを知っているかと問うと誰も知らないとのこと。それぞれ8年前と五年前に日本に来たとのこと。近くの建物は倒壊したが、この店は無事だったとのこと。マーラー小龍包は、それなりに美味であった。但し調理に時間がかかる。ところで帰りの電車であるが松井山手行きとかいう電車に間違って乗りそうになった。直前に気づいて良かった。

神戸ホテル 神戸の震災

 

便器のフタとポットがおかしい。まともに機能していない。
ベッドのシーツ交換は2日に一回と記載されている。ウェブサイトに書いてあった地図を頼りに歩いたのであるが、高速神戸駅西口改札、神戸デュオ四番出口からと記載されているが、神戸デュオは東口改札側だという。モーニングの朝食はホテルではなく近くの喫茶店である。部屋に備え付けのティーパックも茶の色をしていない。いったい何処の国の茶を使っているのか。


神戸の街を歩いていて思ったのであるが、1995年の震災の被害を感じさせるものが全くない。ホテルのスタッフに聞くと震災記念館?HAT神戸なるものがあるという。福島が震災の被害を全く感じさせなくなるには、あとどれだけの時間が必要なのであろうか?訊けば、このホテルも震災当時は旅館であったが、全て倒壊したのでホテルに建て直したのだという。