湯澤剛 ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生はなんとかなる。

「犯人は社長ですーーー」

あるコンサルティング会社のキャッチフレーズに、こんな言葉があったが、まさに私が犯人だった。

私が湯佐和が良くなることを阻害していた。

経営者が変わらなければ会社は変わらない。ただ、メンターもいない私は、自分一人で本当に変われるものか不安もあった。

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「君は何のために経営するんですか?」

借金返済のため。

あなたのところの従業員は借金返済のために働いているんですか?

「たぶん湯澤さんは誰でも論破できるでしょう。
でも、あなた自身は、、、あなたはあなたのことを論破できない」

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中小企業は「大企業になれなかった会社」ではない。

畠山晃 メガバンク管理職だった僕が気づいた お金と宇宙の不思議な法則

誰にでも自分が本当にやりたいことに目覚める転機が訪れます。

それは、失業、転職、死別、離婚、失恋など、さまざまな場面で訪れます。

そして、必ずといっていいほど、新しいことを始める時にそれを妨げる壁が立ちふさがります。

さまざまな壁が出現しますが、最大の壁は「お金」に対する不安や恐怖でしょう。

その壁の前に大半の人が二の足を踏みます。

この世に生まれ出でた自分が持つ本来の使命や目的に、せっかくたどり着いたというのに、そこに大きな「お試し」が立ちはだかるのです。

新しいことを始めて、果たしてうまくいくのか?

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それは社会で必要とされる人は、どんな状況になろうと、次の居場所が必然的に用意されているのだという事実でした。宇宙が放ってはおかない、ということなのでしょう。

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お金があるのに不安そうな人。
お金がないのに楽しそうな人。

この差は一体何でしょうか?

お金があると可能になることは増えますが、お金を増やすことが目的ではなく、「それを使って何をするのか」という点が重要なのです。

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「お金がないならお金のある人に相談するのが一番。
どんなものでも、あるところから、ないところへ流れていくもの」

悪徳の成功法則  里中李生

痴漢冤罪で逮捕される恐怖もある。

あなたが謎の変死体で見つかる可能性もなきにしもあらず。国家権力とは先進国においても怖いものなのである。

私はそんな巨悪と闘う気は毛頭ない。いや、もう闘い、敗れたのである。

絶望すると、人は冷静になれる。
そこから光が見えてくるのだ。

絶望した後の遊びと、誰かを愛することは、この世のものとは思えないくらい楽しいのだ。

絶望を知らない男は、決して成功しない。
という理屈である。

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わかりやすいが、実は世の中には、自分の手は汚さないで正義面している。
という人々が非常に多い。

あなたが知っているある成功者も、本当は極悪人かもしれない。それを見極める方法は難しいが、私見ではそのような男や女は、饒舌にそれらを語るので、ばれてしまうのだ。

犯罪ではないから、喋ってしまうのだ。その時に絶縁すればよい。


酒が入ると苦笑しながら喋るものだ。
男なら、レイプの過去。「合意だった」というが本当だろうか。

女なら「妊娠して堕ろしたことがあるが」が一番多い。


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捨てられた方は、「裏切られた」と怒るが、捨てた方は当たり前の行動で、成功のためにある程度は計画していたとも言える。

孤独に苛まれていては簡単に離婚はしないし、周りの女性たちも未婚であったり彼氏がいなかったら、嫌な夫も我慢するものだ。

「裏切った罪悪感なんかないわ」
と咲は言うのである。


「お金持ちは、「貧乏人は殺さないんだよ。だけど、貧乏人は、兄貴みたいな殺意ばっかりを持っている。どうしてかって?それはバカだから、それしかアイデアが浮かばないんだ。カッとなったら、俺は冷静に自己分析をして良いアイデアを出す。貧乏人はカッとなったら人を殺す。

俺と兄貴の差はそこなんだ。人を殺すのが貧乏人。人を利用するのがお金持ち。どっちも悪いが、殺人の方が遥かに卑劣だ。血が飛び散るんだからね」

反論が出来なかった。日本でも、日々報道される凶悪犯罪者は、無職やバイトの低賃金労働者と相場が決まっている。盗撮や痴漢になってようやく教師や公務員が出てくるのだ。

成功者が逮捕される時は、麻薬が多く、決して殺人はない。

@「幸せ」にからめとられず行き抜け

お金持ちと貧乏人。どちらが幸せか。

どちらも幸せではないし、どちらも不幸ではない。どちらに快楽と幸せを見出すか。しかし、成功は客観的に認められるもので、幸せは自分勝手に決められる部分があることを、弟は嫌悪していた。

「奴隷」と罵られた兄よりも、実は弟の方が寂しいのである。

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「人間の人生の善と悪を計算したら、ほとんどが悪になるそうです。それを否定したがる人間は偽善者になる。それを認めている人間は自由人になる。僕はそう思います。

平等の定義で言うと、あそこにいたホームレスの男たちは自由なので、あなたは決して軽蔑していない。車をあそこで止めたのは、逆に羨ましかったからでしょう」

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人々は、自らの徳のためにもっともよく罰せられる。

ニーチェ

ビジネスにおいても、悪が栄えている。
労働者はバカにされ、不労所得の男たちは厚顔無恥に生きている。
それを改善する世の中にはならない。



世界一ものスゴい成功法則   斎藤一人

 その「自分はスゴいんだ」ということを、お釈迦様は思い出したんです。

自分は元から「スゴイ人」だった、と。

これが「悟り」です。

悟りとは、ほんとうの自分に気付くことなんです。

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つまり、誰が言ったのかが重要なんだよっていうことです。
言っていることが、正しいかどうかじゃないんです。


「自分はスゴくない」と思っているその女性のことを、そのベテラン社員は「スゴくない」と思っているんです。

相手にナメられているから、正しいことを言っているにも関わらず、逆襲されてしまうんです。

人生、ナメられちゃいけないんです。



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だんだんたいへんになるのは、今こそ、あなたを幸せにしない考え、生き方の変え時ですよ、という「お知らせ」なんです。


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「スゴい人」として生きるとは、まず「スキ」を作ることです。

なぜかと言うと、こういう理由です。

「他力が集まってくる人が、「スゴい人」なのに、自分には他力が集まらないんです」って言っている人に多いのが、他力が入る「スキ」がないんです。


では「スキ」はどうやって作るんですかと言うと、好きなことをすればいいのです。

例えば、あなたが「伊勢神宮にお参りに行くのが好き」だとするよね。
これまで年に一回、伊勢神宮にお参りをするのを楽しみにしていたんだとしたら、それを年二回にしてみるんです。

すると、絶対に幸せになります。3回になれば、さらに幸せになります。

ともかく、「スゴいタイプ」で、仕事でもなんでもうまくいっている人は、よく遊ぶんです。

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なにが言いたいのかって言うと、自分のことを「スゴくない」「ふつうだ」と思っている人は、絵を上手くなろうと、絵の練習をします。
出てくる「こたえ」がふつうなのです。

だから、ふつうの結果が出ます。



器でも、絵画でもなんでも「銘もの」というのは、誰が作ったのかなんです。
だから、例えば「千利休が使っていた器だから」「千利休ががスゴイと言ったから」ということで、人はその器に価値を付けるわけです。

器の出来よりも、千利休という名前が先なのです。

作品の出来、不出来ではないのです。
まず人間。
自分は、どんな人間なのか。

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「その上司はうまくやっているんです」って。

あなたは、上司がうまくやっている、ということに腹を立てていますよね。うまくやっている人を否定すると、自分にうまいことが絶対に起きてこなくなっちゃうよ。
「うまくやっている人がゆるせない!」
という波動を出していると、相手と同じ「うまいこと」「ラッキーなこと」が、自分に起きなくなっちゃうんです。
そんなことは、あなた嫌でしょう。

では、どう言えばいいのか「こたえ」を言いましょう。

「部長、よかったですね」と言えばいいんです。

そうすると、あなたのスゴイのレベルが一つ上がるんです。

この言葉が嫌味ではなく、心から言えたとき、言った本人に、相手と同じようなラッキーなことが回ってくるんです。
 

雲黒斎 阿部 敏郎 降参のススメ


歴史上、このことをよくご存知だったのが、「マザー・テレサ」ですね。
彼女はよくこう言っていたそうです。

「私は、反戦運動には協力いたしません。しかし平和運動になら、喜んで協力します」って。

ね、「反戦運動」は「反」と言いつつも、やっぱり「戦争」に意識を向けているんです。でも「平和運動」なら「平和」の方に意識を向けているんですよ。


僕たちの意識を向けたものが、具現化に向けての力を得る。だとしたら、戦争に意識を向けるのではなく、平和に向けなければならないと。

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人生で出会うべく人とは必ず出会う。

しかも一瞬早からず、一瞬遅からず。

そしてあなたがこの本を手に取ってくれたのも、一瞬早からず、一瞬遅からず。


ずべては決まっていると思います。


あなたは僕であり、僕はあなたなのです。


雲黒斎 極楽飯店

 
 
1 貴方には、自分の願いを叶える力はない

2 記憶と思いが、現実を創る

3 与え合えば、奪い合う必要はない

4 願いは、願いを手放したときに叶う。祈りは祈りを手放したときに届く

5 天国にあって地獄にないもの。地獄にあって天国にないもの


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「だから、今のオマエの妄想が、「地獄にあって天国にないもの」なんだよ」

「妄想?」

「ああ。もっと言えば、怯えとか、恐怖とか、不信とか、警戒とか、そういった類のものだ。お前は俺の言葉を聞いて、それを元に「行っても大丈夫だろうか」と考えた。その思考が、単に俺の部屋に行くという簡単なことすらできなくさせてしまったんだ。もし、オマエが今の状況や俺のことを全面的に信頼していたら違う結果になっていたはずだ」

「え?違う結果って・・・」

「何の問題もなく、俺の部屋に行けただろうよ」

そこまで説明したら、ようやく薮内もハッとした表情を浮かべてくれた。一呼吸置いて、横から白井が話を繋げる。

「なるほど。地獄にあって天国にないものが「恐れ」だとしたら、天国にあって地獄にないものが見えてきますね」

その通り。恐れがなくなったときに現れるものがあるだろう。それはつまり、「信頼」や「安心」といった類のものだ。


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「ほら、もう、そこからして間違ってる。誰も君を地獄に落としなんかしないよ。誰一人として、地獄に落とされた人なんていない。そうではなくて、自分で地獄を望み、選び、創り出しているんだ。「地獄」っていうのはね、自らの意思で幸せを遠ざけようとする馬鹿げた世界のことなんだよ」

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「源(ソース)はいつだって、僕たちに「最善」を与えようとしている。「分裂」という錯覚を持った者へも、休むことなく無償の愛を送り続けている。だからこそ、源(ソース)との繋がりを閉ざす壁さえなければ、自然と最善へと向かう流れが源(ソース)から供給されるんだ。「分裂した自己」の意思ではなく「源(ソース)」の意思が主導となった現実が創られていくんだよ。

それは、時に、分裂した自己の次元から見るととても不思議な現象、意味のある偶然に見える。


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「思考と恐れの対極にあるもの。それは、君たちが気付いた通り、「信頼」なんだ。大いなる力にゆだねるということ。分離感が錯覚であることを受け入れる姿勢。奪い合うことではなく、与え合うことによって開かれる道。「個」という錯覚を手放したとき、君たちは源(ソース)のエネルギーと一体となって動き出すんだ。いいかい?」


1 求めよ、さらば与えられん。(願うことから始まる)

2 具現化するためのエネルギーは源(ソース)にある。願いはそこへ送ること。

3 願いを源(ソース)へ送るには、その間にある詰まり(思考と恐れで構成された「カルマ」をなくさなければならない。ただし、多くの願いにはすでに恐れが内包されている。

4 「願い続けている(願いがある)」という状態は、願いが源(ソース)に届いていない証。願いは、願いを手放したとき「源(ソース)へ届いた際」に叶う。

5 詰まりは、思考と恐れを手放すこと「源(ソース)に対する絶対的な信頼」によって消滅する。

6 源(ソース)に届いた願いは「与える者」を担う場へと分散される。

願う→手放す→源に届く→具現化が始まる



そして閻魔は振り返り「これで終わりじゃないんだ」意味深に微笑む。


→受け取る



「うん。自己卑下っていうのかな。自分の価値を自分で下げてしまっているんだ。「自信のなさ」が引力になってカルマを引き寄せやすい傾向があるんだよ。そのカルマのせいで「私には受け取る資格がありません、私にはふさわしくありません」って、折角のプレゼントを受け取り拒否しちゃうんだ。折角だからカルマの中を見せてあげるよ」

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「いいかい?君たちがこれから人間界に行って、彼らに伝えることは「苦難というハードルを乗り越える術」じゃない。「そんなハードルなど、もともと存在などしていない」ということに気付いてもらうことなんだ


木内鶴彦 「臨死体験」が教えてくれた宇宙の仕組み

すべての記憶、すべての経験、すべての感覚をひとつにしたような渾然とした存在とでもいうのでしょうか。その中では「私」も「あなた」もない。すべてが一体として存在する、悩みも苦しみもない世界です。

これは私の想像ですが、おそらく人は死ぬと、「この膨大な意識体」に吸収されていくのではないでしょうか。そこには「我」もなければ「個」もありません。

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ところが、不思議なことに、意識だけの状態になると、頭がものすごくクリアになってしまい、すべてが自明のことに思えてしまうのです。

おそらく、臨死状態になって、意識だけの存在になると、すべての情報を含んでいる「膨大な意識体」とアクセスするのではないでしょうか。そしてすべてが「わかって」しまうのだと思われます。

だから一体何が疑問だったのかわからなくなってしまった。もっというと、そんなことさえどうでもよくなってきました。

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しかしそこはあまりに完全で、均衡がとれた世界なので、「無」といってもいいでしょう。まったく動きも揺らぎもありません。

その中に入ると、私は退屈さに支配される感覚を覚えました。しかし完璧に見える五次元の世界でもときどきひずみが生じるのです。

「誰がひずみをつくるのか」という主語は、この際存在しません。「誰が」という「個」は「膨大な意識体」に満たされた世界では存在しないからです。

しかし、「なぜ」ひずみが生まれたのかという理由は存在するかもしれません。

その理由については、私は長らく考えてきました。そしておそらくこういうことなのではないか、と思っています。


「膨大な意識体」がある五次元の世界は、完璧ですが、同時に無でもあります。

どこまでも無でしかない世界は、私が感じたように非常につまらない退屈な世界です。

そこにひずみが生まれると、空間が動きます。空間はひずみのない元の形に戻ろうとしますので、ひずみが揺らぎ、だんだん解消に向かいます。そして完全にフラットになったとき、元の五次元の空間に戻るわけです。
ひずみができてから、五次元に戻るまでの間が三次元の世界です。

つまり三次元の世界は五次元の世界に変化を与え、波立たせるために生まれているのではないでしょうか。「何のために」かは私にもわかりません。

限りなく黒に近いグレーな心理術 daigo

そして、このシーンでもう一つ注目したいのは、200万円という価格。重要なのは数字の端数です。人は端数が1998円、2980円とごちゃごちゃした数字になっていると、その商品を安くてお得だと認識します。

こうした心理をついた値付けの方法が、端数価格。本当は1500円の価格の価値のものでも1998円という値札がつくと2000円以上する品が安くなっていると解釈してしまうのです。

一方、何十万円、何百万円する高級品に関しては、端数を000円で揃えた方が、高級感が高まることもわかっています。38万円よりも50万円。198万円よりも200万円。切りのいい数字に切り上げられている方が、人はそこに対価を払うだけの価値があると考えます。

高いから信用できる、高いから品質がいい、高いから満足できる。こうした心理をくすぐる値付けが、名誉価格です。


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実際、意見を求める相手を間違えると、罠を強化する結果になることもあります。

たとえば、同じプロジェクトを進めている仲間や社内の別の部署の人間に意見を聞いたとしても、客観的な見方はなかなか出て来ません。


これは、自己奉仕バイアスににた「内集団バイアス」というバイアスが働いているからです。内集団バイアスとは、自分が所属している集団は、他の集団に比べて有能で、価値があると考えるバイアスです。


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内集団バイアスを破る言動をしたとき、周囲から発生する声に嫉妬が混じっていれば、それは正しい選択をしている証拠です。

相手は「これはうまくいくな」「自分もそんなふうにやってみたい」と感じているからこそ、批判的になっていく。しかし、その批判は論理的ではなく、感情的で嫉妬が入り混じったものになります。

このシーンのように周囲の陰口が企画そのものに向かわず、本質部分をすり替えた批判になっていれば、その選択は成功する可能性が高いと考えて良いでしょう。

周りは、すっぱい葡萄を取りに行く勇気やセルフ・ハンディキャッピングを見せない姿勢に、嫉妬しているだけです。

そして、そういう選択ができているということは、その時点で確証バイアスやヒューリスティックスの罠から脱することが出来ているといえます。

金城幸政  あなたのなかのやんちゃな神さまとつきあう法


 それだけの不安対策をしてるってことは、不安を呼び寄せてるようなもんだよ。自分の命に感謝できないなんて、人生に対する疑心暗鬼のようなものさ。不安対策じゃ幸せになれないんだよ。

暗闇に対策を打つよりも、部屋を明るくすればいいだけなのに。まずは、考え方の基本構造から変えなきゃダメだよ。

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相対性の悪循環が始まります。

右がないと左が説明できないし、左がないと右が説明できないので、右ばかり求めると左も自動的に引き寄せられてくるのです。

分かりやすい例でいうと、強い正義感を持っていると、不正を働く人に出会いやすくなります。

不正を働く人がいれば、正義をふるえますよね。つまり正義を愛するが故に、悪に染まっている人を引きよせてしまうのです。


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沖縄の生徒さんで、いつも生活費に回していたお金で、いままで欲しかったけれど買うのをためらっていた高級ブランドの洋服や、海外ブランドの食器などを、思い切って買った方がいます。

この方は贅沢をしたり、見栄を張るためにそうしたのではなく、自分はもっと価値のある存在であることを体感するために、自分をもっとレベルアップさせてあげたい、という純粋な思いのみで、自分に投資をしたのです。


つまり、自分は「尊い生き方をしたい」という思いを実践するため、生活の質をレベルアップさせようと、夢中になって自分にプレゼントをしたのです。

その結果、どうなったかというと・・・

「びっくりするくらいお金が入ってきた!」と大騒ぎしながら報告をしにきてくれました。

会社から「いつもありがとう」と臨時ボーナスをもらったそうなのです。


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自分を生きたければ、親と自分に一線を引く「親切」をしなさい


「親切」というのは文字通り、「親を切る」こと。人は知らず知らずのうちに、育ってきた環境の当たり前の常識のなかで生活しています。そのことを自分自身がしっかりと自覚すること。

つまり、親の価値観のなかで生きてきた自分に気づき、意識的に価値観を見直して、自分は自分の人生を生きることが大切になります。

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親切をするときは、「親を恨み切る」ほどの思いで臨んでください」といっています。

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「愛でこそ食えるんです。愛がなければダメなんです。」

読むだけで「見えない世界」とつながる本 K

じつは、この人生の課題をクリアするということは、霊的視点から見ると想像以上に大きな意味のある出来事なのである。

どういうことかというと、人生の課題をクリアしてあなたの周波数が美しく整ってくると、その周波数に応じたものが、あなたの周りに集まりはじめる。

それは、ものであったり、機会であったりする。たとえば、新しい仕事や自分を活かせる場所が与えられたり、新しい生活環境や人間関係が生まれたりといった機会ができる。

つまり、人生の課題をクリアしていくことで、あなたの人生を大きく変えていくことができるわけである。

その結果、あなた自身の夢や目標に大きく近づくことにもなる。

ちなみに、あなたの目の前に現れた人生の課題ともいえる出来事が、あなたの夢とは一見何も関係がなく、とても面倒くさいことのように見えることもあるだろう。

しかし、実はその問題をクリアすることが、あなたの夢への近道であったりすることが多いのだ。

だから、目の前の「人生の課題」をクリアすることは、夢をかなえる上でも、とても大切なことなのである。

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つまり、実際には神ではない存在に対しても、神という言葉が使われているケースもあるわけである。

また、宇宙を創造したのが神だとすると、地球人をつくったのはその神ではない。

それとは別の存在が地球人を作ったのであり、進化した別の星の生命体である異星人たちが、遺伝子操作やクローン技術を使って地球人をつくったのである。

地球人は、自分たちを作った異星人たちを神と呼んでいるが、やつらは宇宙をつくった存在ではない。

そこまでの能力はやつらになく、べつにさほど大した存在ではない。

それは、俺たち自身やいまの地球の現状をうを見れば容易にわかることだろう。

神話に伝えられている神々がやたらと人間っぽい理由もこれでおわかりになり、気持ちがスッキリしたのではないだろうか?

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