2016年2月


「何があっても自分の人生にイエスと言う」







これは、アウシュヴィッツ収容所から生還したオーストラリアの精神科医


V・E・フランクル博士の著書「それでも人生にイエスと言う」


をヒントに青山華子さんがつけたものです。


想像を絶する過去を持つ青山華子さんはこの本が愛読書だったそうです。





さて、今日は、この機会に、この世界的名著「それでも人生にイエスと言う」

を元に「生きる意味と価値」について、


僕なりの考えを交えて書いてみたいと思います。





特に今、深い悩みと先の見えない不安におしつぶされそうになっている


あなたにとって、何かしらのヒントになればと思います。


※決して、これが正解だということではありません。


無理に納得する必要もなく自分が響くものがあればヒントにして下さい。





いきなりですが、「生きる意味とは何でしょうか?」


実は先日、「長く安定した幸福とは?」というブログ記事を


3回にわたって書きました。


もし興味があればそちらもお読みください。

http://ameblo.jp/com-kaizen/entry-12125953301.html





偶然ですが、そのブログ記事で僕が書いたこと・・


「ラクを求めない方が幸せになれる」


ということをフランクル博士も本の中で言われています。


フランクル博士はこのように言っています。


「人間は楽しみのために生きているのではない」と。





僕が思うのは、(短期的な)ラクや楽しみを求めて生きていると


結局は苦しくなるということです。


快楽主義で生きること、ラクを求めることは困難に立ち向かう力を


奪ってしまうように思います。


わかりやすく言えば麻薬やアルコール、ギャンブル、恋愛などに


溺(おぼ)れてしまう人がそうですね。


そこまで行かなくても先を見越した努力をせず、


ラクな方、ラクな方に流されて、その日暮らしの場合、


将来苦労する可能性が高くなりそうです。





さて、フランクル博士はある実験を引き合いにだしてこう言います。


ある実験というのは人間が感じる不快感と快感を計測する実験です。


それによると人間は日常生活の中で「快感」よりもずっとたくさんの


「不快感」を経験するそうです。


だからこそ、最初から楽しみのために生きることは不可能だ


と博士は言います。





そして、博士はこのように言います。


「幸せは目標ではなく結果にすぎない」と。


どういうことでしょうか?


本を全部引用するわけにはいきませんので、ここからは僕なりの


解釈でまとめていきます。





さて、フランクル博士は言います。


「人生とは生きなければならない義務である」と。


僕個人は義務という言い方は好きではないのですが、


「必然の流れ」とか「定め」「運命」「宿命」


という方がしっくり来るように思います。





なぜ、「必然の流れ」「定め」「宿命」なのかというと、産まれてくる


選択をしていない(少なくとも覚えていない)からです。


自分で選んだのなら「定め」というニュアンスはしっくり


来ませんが、選択した記憶もないままに生きている。


だから「必然の流れ」「定め」「宿命」という方が


しっくり来るように思います。





ある女性がこう言いました。


「人生にはもう何も期待できない・・」


けれども、その女性には子供がいました。


その子供は今もお腹を空かして母親の帰りを待っているのです。


つまり、この女性には人生に期待出来るものは何もなくても、


この女性を待っている人(自分の子供)がいることがわかりました。





「私は、これからの人生に何を期待できるだろうか?」


これは間違った問いかけだとフランクル博士は言います。


そうではなくて、こう問いかけるべきだと博士は言います。


「人生は私に何を期待しているだろうか?」と。





180度逆なのです。


あなたがいて、あなたが期待する人生があるのではなくて、


人生が先にあって、あなたに期待しているのです。


あなたが産まれてくる選択をしたのではないとすれば、


あなたは必要があってこの世に生を受けた。


あなたではなくて、人生のほうがあなたを必要とした


という感じでしょうか。





人生があなたの命を使う。


つまり『使命』ですね。





ここからは僕なりの補足ですが、


人生があなたに期待することというのは、


あなたが『やりたいこと』という形で現れるかもしれません。


でも、逆に『やらざるを得ないもの』という形で現れるかもしれません。





それはどちらであっても問題ではないのです。


今、自分自身に問いかけてみて下さい。


『人生は私に何を期待しているだろうか?』


そして、自分なりの答えをだしてみて下さい。





ここで実践するための僕なりのヒントを話します。


自分自身で自分に問いかける時、


最初から理想的な完璧な答えを出そうとは思わないで下さい。


答えは、問いかけるたびに変わってもかまわないと思います。


問い続ける中で、その人それぞれの『答え』が見えてくる


のだと思うのです。





例えば、ある日の夕方、プレゼンの準備に追われるさなかにふと


頭にこの質問が浮かんだとします。


『人生は私に何を期待しているだろうか?』





答えはきっとこうでしょう。


「プレゼンの準備をすること。」


これでいいと思います。


答えは今、プレゼンの準備をしっかりやることなのです。


人生は、今この瞬間しかありません。


どんな理由であれ、今、それをしないといけないならそれが


今この瞬間に人生があなたに期待していることだと思います。





人生があなたに期待すること・・


それは、子供をあやすことかもしれない。


彼とのデートを楽しむことかもしれない。


ハローワークで少しでも良い求人をさがすことかもしれません。


メルマガを書くことかもしれません。


その瞬間には、その瞬間の答えがあると思います。





さて、プレゼンの準備が終わったとします。


疲れたあなたは、帰りにスタバに立ち寄ります。


ソファーに深く腰掛けて、ゆっくりとカフェラテを飲み始めます。


そんな心地良くゆったりした空間と時間の流れの中で、


あなたの脳裏に再びあの質問が浮かんで来ました。


『人生は私に何を期待しているのだろうか?』





今度はじっくりゆったり考える時間があります。


色々出て来るかもしれません。


母親の顔が浮かぶのかもしれません。


彼かもしれません。


会社の後輩かもしれません。


世界で飢えている子どもたちが目に浮かぶのかもしれません。


僕なら、(恋愛・婚活に)悩む女性が浮かびます。


どれが正解でどれが間違いということもないし、優劣もありません。





『人生は私に何を期待しているだろうか?』


このように問いかけて下さい。


答えはあなた自身が出してください。


あなた自身でしか出せないのです。





もちろん、考えを深める支援はできますし、


そもそも思考停止してしまうメンタルブロックがあるなら


外すことなど支援はできます。





でも、最終的に答えを出すことができるのはあなたしかいません。


さっそく、このメルマガを読み終わった今この瞬間に、


自分自身に問いかけてみて下さい。



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『人生は私に何を期待しているだろうか?』





※興味があるかたはぜひ、「それでも人生にイエスと言う」をお読みください。

Amazonか大型書店で買えると思います。





それでは、今日はここまでにしますね。


ぴったりあった素敵な方と出会い、

愛し、愛されるパートナーと恋愛や結婚をして

どこまでも穏やかな幸せが続きますように。


吉田亮介氏のメルマガより転載



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