2014年5月


ミスター ブレイン ウォッシュ

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feel good i'm bad


セミナー メモ

時流に乗った商売。

メデイアは嘘。エンターテイメント。信じるに値しない。

せどり、SEO、PPC、全てやった。稼げないものはない。

結果が出ないときは100%自分に責任がある。その講座を申込んだ自分に責任がある。

ワインは高くても美味くはない。(オーパスワン)

お客が満足すれば、いくらでも良い。ワインと同じ。

@違いをもたらす違い

ネットビズでは不労所得は無理

ビズは複数、持つ

私のIQは105点。平均

参入障壁

ネットビズで不労所得を実現出来るのは3年程度

一気に1億稼いで、それを切り崩す方が楽
時代によって異なる。現在は物販

日本人はオカネに働いてもらってない。

平均の額を使っていれば平均の結果

@怖いものを失くしていく。

これが出来ると稼げるようになる。

日本一●●するには?という文章に変えることにより、もっと良いアイデアが。。

0⇒100万円のステージでは広告と勉強

PPC 100万なら100サイト

S氏のセミナーより


政治家、あるいは人間の本質

https://www.facebook.com/pages/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E8%B3%AA%E3%82%92%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%81%9F%E3%81%84/526269980779557

結局こういうことで文句を言ったり主義を変えた裏切者とかいう人たちって、政治家とかニンゲン の本性ってのがわかってないんでしょうね♪。政治家はどこまでも嘘をつきどこまでも市民を利用し、市民が食いついてくるものを徹底的にエサにするのが基本 です♪。安倍晋三や自民党どころか、それが公明党だろうが民主党だろうが維新だろうが生活だろうが共産だろうが、すべては自分の欲望と自分の主張を押し通 すために不義を働くのみです♪。どんな政治家であれかけらたりと期待してはいけない、それが市民が持つべき最低限の思考法なんです。

ネットショップVSリアル店舗

決着:ネットショップVSリアル店舗

 ネットショップとリアル店舗の運営のどちらかをするとしたら、果たしてどちらが良いだろうか。

 これまで僕は、ネットショップが有利だとは考えつつも、「一長一短」だと思っていた。

 だが、この度、伊東ゆう(著)『万引きGメンは見た!』(河出書房新社)を読んで、万引き問題の重要性に気付き、僕は完全に認識を改めた。

 警視庁の推計によると、2009年の小売業事業所における万引き被害総額は4615億円とされているようだ。判明していない分を含めれば、もっと多いだろう。

 日本の小売業界の市場規模は、約50兆円なので、仮に被害額が4615億円だとしても、単純計算で約1%が万引きで消えることになる。しかも、小売の売上高純利益率は約2%なので、万引問題を考慮すると、リアル店舗の小売業で利益を出すのは至難の技だ。

 街の書店が減った原因のひとつにも、「万引倒産」があるようだ。

 だが、万引き対策は容易ではない。

 『万引きGメンは見た!』にも記載があるが、決して、「誤認」してはいけないからだ。万引き対策は必要だが、仮に一般客を万引き犯と誤認すれば、社長が土下座するレベルの重大事態になる。

 中学時代、近所の古本屋の店主が、僕の同級生のグループを万引き犯と誤認する事件があった。噂はすぐに広がり、そのグループの生徒たちは古本屋に嫌がらせの電話をかけまくった。万引き誤認事件が原因かは不明だが、間もなく、その古本屋は閉店した。

 確かに、その古本屋の店主に同情の余地はある。毎日、万引き被害に悩まされていれば、「犯人を捕まえたい」と思うだろうし、ムシャクシャもするだろう。だが、たった万引き犯の摘発は、たった一度の誤認で、「一発アウト」の世界だ。

 それを肝に命じていなかった店主は、やはり甘かったと思う。

 リアル店舗を運営するなら、利益を確保するため、万引き犯を摘発し、警察に通報し、彼らを「前科持ちの犯罪者」に突き落とす覚悟が必要だと思う。たとえ相手が妊婦や老人、障害者や孤児院の児童などであっても。

 これは精神的に厳しい。

 しかも、以前は万引き犯を捕まえるために、犯人にローキックや膝蹴り、投げ技などの攻撃を加えるのは警察に黙認されていたが、最近は、これをやると、逆に攻撃した方が逮捕されてしまうようだ。

 更に、万引き犯の中には、外国人窃盗団のような、本当に「危ない連中」もいる。万引き対策を貫徹するためには、但し、こういう「危ない連中」にも断固立ち向かう必要がある。

 但し、凶器を持った外国人窃盗団などに素手で立ち向かうのは、ハイリスク・ローリターンで、全く割に合わないと思う。

 逆上した万引き犯に、ナイフで急所をひと突きされるだけで、人生は終わりである。『万引きGメンは見た!』にも、ナイフで襲い掛かってくる万引き犯が登場する。

 結論めいたことを言えば、商売をするなら、万引き対策をすること自体、避けるべきだと思う。

 万引き対策は、割に合わず、人間不信にも陥りかねない。もちろん、「万引きされ放題」では商売にならないから、ネットショップのように、構造的に万引きができない事業モデルにすべきだと僕は思う。

 貧しい人が増え、物価と消費税率が上がれば、自ずと「万引きのインセンティブ」は高くなってしまう。望ましい未来ではないが、万引きは、これからも増えるだろう。

 リアル店舗の小売であれば、結局、万引き関連の損失とコストを、商品価格に転嫁するか、従業員の労働条件切り下げでカバーするしかない。

 万引き問題の根が深い以上、自分で商売をやるなら、小売のリアル店舗運営は、賃料などの固定費や在庫管理などと並んで、ネットショップにはない、大きなリスク要因を抱えることになる。

 少なくとも、自分でやるなら、ネットショップVSリアル店舗は、ネットショップに軍配を上げることで決着だ。

http://bunpitsugeki.jp/

上記より


スターリン

選挙結果は国民が決めるのではない。

開票者が決める。

スターリン

副島道場より2

http://www.snsi.jp/tops/kouhou

「1448」番  私が、今やっている仕事、考えていること、書くべき文章のことなどを、まとめて報告します。 副島隆彦  2014.5.11 
副島隆彦です。 今日は、2014年5月11日です。 

 どんどん日が経(た)って行きます。 私は、遊んで暮らしている訳ではありませんが、いろいろと目先の文章(本)を読んでいるうちに、日が経ってゆきます。 私が、今、やっている仕事は、以下のことです。

1. 弟子たちとの 学問道場 SNSI第7論文集でもある 「 フリーメイソン = ユニテリアン教会 が明治日本を動かした」 (成甲書房 刊)が、6月の中旬には出ます。私を含めて12人で書きました。 350ページぐらいある分厚い本になりそうです。 

 私たち学問道場の 優れた書き手が結集して、なんともう8ヶ月も掛けて書き上げました。内容は、すべての執筆陣が一丸となって書きましたので、すべて文句なしの出来ばえです。日本国の明治時代の 指導者たちの思想と生き方の全容が見て取れるでしょう。

 これで日本国の明治時代研究が、歴史、政治思想史としても格段に学問的に進歩したと自画自賛出来ます。私は弟子たちの原稿に徹底的に赤ペン入れ(物書き教育としてと、職人技の仕込みとしても) をやりました。皆、よく私から「説得する文章力( =術)」を学んでくれました。 引き続き、私たちは、「幕末・維新の偉人伝のウソ」という次の本の企画に向かって進んでゆきます。 「フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした」の出版時期が近づきましたら、改めて宣伝します。

2.私は、会員ページに、5月8日に「『デヴィ・スカルノ回想記( 自伝)』から分かるインドネシア戦後政治の悲惨」 を載せた。 インドネシアという大きな国が、どうしてあんなに真っ暗で、戦後の1965年からの50年間を、世界の陽の目を見ないで、恐ろしい闇の中を彷徨(さまよ)ったまま、今日まで来たのか。

・「今日のぼやき・1447」「『デヴィ・スカルノ回想記』から見るインドネシア戦後政治史の悲惨  副島隆彦 2014年5月8日」
http://www.snsi.jp/tops/boyaki/1739


 その大きな秘密を解き明かしました。会員は、この「デヴィ夫人の目から見た戦後インドネシアの政治の悲惨」から大きな事実をたくさん知って、おおいに勉強してください。


3.私は、連休の間は、ずっと「真実の徳川家康」という本作りをやっていました。
 戦国時代の歴史の一部である、この 新しい徳川家康論は、私が、去年の10月に出しました、『闇に葬られた歴史』(PHP刊) の 第2章の 「徳川家康の正体  村岡素一郎(むらおかもといちろう)著『史疑( しぎ)』を現代に蘇(よみがえ)らせる」 をさらに拡大した本になる。前著の内容を、もっと全面的に、徹底的に証拠立てて、はっきりと一冊の本にして、世に知らせることは大事なことだと、私が考えるからだ。

 今(西暦2014年)から454年前の、1560年の 5月20日の、桶狭間(おけはざま)の戦い( 今は名古屋市のはずれ。尾張と三河の國境=くにざかい=。夜襲の急襲であったろう)で、駿府(すんぷ)太守(たいしゅ)の 大(だい)大名の今川義元(いまがわよしもと、足利幕府の一族、兄弟家)が、織田信長に殺された。その直後から、日本の政治に一体、何が起きていたのかを、副島隆彦の歴史洞察の眼力が全力で重要で、大きな真実を暴き立てる。

 その1年後、1561年(永禄4年)の12月4日に、岡崎城主、松平信康(まつだいらのぶやす)を殺して、まんまと、すり替わり、成り代わった男がいる。それが、本名、世良田元信(せらだもとのぶ)である。この男は 願人(がんじん)、簓者(ささらもの)であり、喇叭(らっぱ)透破(すっぱ)と呼ばれた忍者で、かつ 今川方(がた)の忍者でありながら、この世良田元信は、二重スパイで信長のスパイでもあった。恐ろしい、強盗、山賊、暴力団の大親分ような男である。

 こういう男でなければ戦国の世を、人殺しの連続を生き抜くことは出来ない。 私、副島隆彦は、それらの歴史資料をずっと調べている。今の徳川家の 御用学者たちである歴史学者たちが現代語訳にして出版している『 徳川実記(とくがわじっき)』(公式の 家康の経歴書) も 読んで調べている。どこで、どのような歴史の偽造が行われたか。 今からあちこち現地調査もする。 

 今から454年前の事件の、怨念と 無念を飲んで死んでいった者たちの亡霊、怨霊(おんりょう)が、どうか真実を蘇(よみがえ)らせてくれ、と私に迫ってくる。やらないわけにはゆかない。この問題を知りたい人は、前述した私の『闇に葬られた歴史』(2013年11月刊)をまず予行練習として、読んでおいて下さい。

4. 私は、去年の8月から気になっていたことだが、小説家の 佐藤亜紀(さとうあき)さんの小説、『バルタザールの遍歴』(1991年刊)と『鏡の影』(1993年刊)から、卑劣な盗作(plagiarism プレイジャリズム、文章の盗用)をした 平野啓一郎(ひらのけいいちろう)を、断じて許すべきでないと、考える。今からでも徹底的に筆誅(ひっちゅう)を加え、糾弾するべきだ。

 平野啓一郎は、佐藤亜紀(1962年生 だから現在52歳)の、ヨーロッパ中世を描いた優れた幻想歴史小説から盗作して、盗作『日蝕(にっしょく)』で、1999年の芥川賞を受賞している。

 その時以来、文學界、小説読みの世界で、囁(ささや)かれている 事件である。 そして、大出版社の 新潮社は、あろうことか、佐藤亜紀の前記の著作たちを、絶版(=出版物の中から消すこと。品切れ状態にする)にして、平野啓一郎の肩を一方的に持って、2000年に、佐藤亜紀の作品を社会から葬り去り、いじめ続けた。「もう、あなたの本は売れませんから、ウチとしては出しません」と、言ったのだろう。 断じて許し難(がた)い事である。新潮社よ、おのれらがやった著者弾圧が、どれぐら非道なことか、14年後の今からでも思い知れ。

 佐藤亜紀は、自分のブログで、2000年3月17日にはっきりと書いている。
佐藤亜紀は、新潮社が、平野の肩を一方的に持って、自分の本が絶版にされて、佐藤は、新潮社といろいろと掛け合った(丁寧に交渉した)のだが、新潮社の態度があまりにもヒドいものだった。だから ブロクの中に、このように思い極まった感じで書いている。

 「・・・やっぱ世の中って(引用者注記。 誰かが、すなわち佐藤亜紀が、)新潮社のロビーでガソリンをかぶって焼身自殺してやるしかないくらい暗黒で腐れ果てたのね」 

と、書いている。 

 平野啓一郎による露骨な盗作のことは、『日蝕(にっしょく)』が芥川賞を受賞した直後から、ずっと文学書(小説)好きの読者たちの世界で騒がれた。私もいくつか記事を読んで知ってはいた。しかし放ったらかしにした。あれから15年である。 この間も、平野啓一郎は、下品な評論家の宮崎哲弥(みやざきてつや)と実にそっくりの、にやけた顔をして、最高度に気取りきった態度でテレビにも今も時々、出てくる。文部科学省からもフランス留学させてもらえるぐらいの、京大出の、いやらしい特権作家をやってきた。

 文芸( 「文芸部門」と業界用語では言う)の出版社の編集部の世界 では、この 平野の盗作問題は、嫌(いや)がられて、臭いものには蓋(ふた)をする、という感じでタブー視されて、どの編集者も口を重くして語ろうとしない。私と一緒に仕事をしている編集者たちも暗い表情になる。業界人というのは、自分の業界の暗部(あんぶ)のことになると、途端に口を閉ざして、雄弁でなくなる。 揃(そろ)いも揃っておしゃべり人間のくせに。 

 私は、平野啓一郎が、書いた『日蝕(にっしょく)』が、私が映画評論本でも取り上げた、重要な映画である、原作ウンベルト・エーコ( イタリアの記号学者=セミオロジストという知識人。存命 ) の映画『 薔薇(ばら)の名前』 と 実によく似た、筋立てのヨーロッパ中世の宗教世界を描いている、と思った。あれを翻案(ほんあん)した気取り屋の小説だろう、と睨(にら)んだ。

 が、本当は、それよりももっとヒドい、才能あふれる女流作家である佐藤亜紀からの 恥知らずの剽窃(ひょうせつ)、盗作作品であった。 私は、この問題を今からでも、もっともっと世に知らせるべきだと、考える。小保方晴子(おぼかたはるこ)さんのSTAP細胞問題の論文の、捏造、改竄(かいざん)問題と相通じるものである。

5. 私は、小保方晴子さんの「STAP細胞は有ります」問題について、一本、雑誌用の原稿を、一昨日、突貫工事で書き上げた。 私は、理系の実験論文の書き方は知らないし、どういう世界なのかよくは分からない。それでも おそらく STAP細胞は、ES(イーエス)細胞どころか、ヒト(人間)の生殖細胞と、受精卵細胞までを一部混入させてでないと、出来ない(発明、創造。理論としては発見 )だろうと、私の眼力でピンときた。

 さらには、ノーベル生理学・医学賞を貰った山中伸弥教授の iPS(アイピーエス)細胞であっても、どうも、ヒトの 生殖細胞(embryo cell )、受精卵細胞( fertilized egg cell )を 使わなければ、爆発的な自己増殖、細胞分裂( ひとりの人間は60兆個の細胞から成るそうだ)は起きないだろう、と、副島隆彦は素人考えで、直観(インチューイション)で4月初めに考えた。

 だから、万能細胞(ばんのうさいぼう、toti-potency cell ) どころか、多分化=多能化細胞( たのうか、pluri-potency, プルリ・ポテンシー)の細胞を作ることよりも以前の問題を、今回の小保方晴子さん事件は大きく引っ張りだして、世の中の衆人環視の元に置いたはずなのだ。世界中から日本の、生命科学(せいめいかがく、life sciences ライフ・サイエンシズ)や、発生学(embryology エンブロイオロジー)や、再生医学が、嗤(わら)われたことなど、こうなったらもうどうでもいいことだ。事態はもっと深刻だ。 

 山中伸弥が、4月28日に行った謝罪の記者会見は、従来にない異様なものだった。鬼気迫るものを感じた。私は、そのことに4月の始めから勘(かん)付いていた。

 日本が、この生命(バイオ)系の、ふにゃふにゃした分野では、泥だらけになりながらも世界で最先端なのだろう。この事件については、会員ページに、現役の物理学者で、私たちの研究員の下條竜夫(げじょうたつお) 君が、詳しく、専門家の立場から、「小保方晴子さんSTAP細胞問題について」優れた論文を書いてくれました。 この問題についての私の評論文は、そのうち会員ページに載せます。


6.私は、連休が終わってからの、この5日間は、ずっと、数学(マセマティックス)の本を読んでいた。 

 コンノ ケンイチ氏が、最近お亡くなりになった。コンノケンイチ氏は、極めて重要な日本の異端の物理学者である。コンノケンイチ(1936-2014、享年78歳)は、『ビッグバン理論は間違っていた』(1993年、徳間書店刊)を書いて物理学界に衝撃を与えた。
 


 コンノケンイチ氏は、この本で、世界の宇宙物理学( astrophysics アストロフィジックス)の主流派=体制派=保守派 である ビッグバン=膨張宇宙論 派に、日本の持ち場から、大きな反撃をした人だ。 ビッグバン理論一派の学者たちが、数年前も、ノーベル物理学賞をもらっている。

 日本にも、その "番を張っている"(すなわち、日本における出店)の 佐藤勝彦(さとうかつひこ)と、池内了(いけうちさとる)という愚劣な宇宙物理学者がいる。 彼らは、コンノケンイチや、『人類の月面着陸は無かったろう論』(徳間書店、2004年刊)の著者である私、副島隆彦のことを、疑似(ぎじ)科学(シュードウ・サイエンス、pseudo science 、プソイド・スシャンス)の者たち、として、名指しは、穢(けがら)わしいと思ったのかしていないが 、そういう本も2人で書いている。『疑似科学の何とか』(『疑似科学入門』?)という本だ。たしか、疑似科学が世の中に蔓延(はびこ)って困る、という内容だった。

 まるで、自分たちが、あの、人類の虚偽と偽善の頂点であるローマン・カトリックの正統(オーソドキシー、正当、正しい )から見て、異端(ヘレティック)で、似非(えせ)= atheist エイシイスト、エセイスト(似非はここから生まれた翻訳後だ)、 = Godを否定する者たち、無神論者(むしんろんじゃ)たちだと、私やコンノケンイチを、嘲笑した。いいだろう。大きな真実は、時間の経過とともに次第に明らかになる。 

 12世紀、13世紀、14世紀、15世紀、16世紀、17世紀(1600年代)、までの西欧であったら、ローマ・カトリック教会(バチカン)に逆らうと、これらの異端者( heretic ヘレテック)、無神論者( atheist エイシイスト)たちは、体制破壊分子(アナーキー、アン・アルケー un-archy 秩序への反対者 )として、思想警察官(thought police ソート・ポリス)=異端審問所(オーディール、odeal いたんしんもんじょの 大審問官 Inquisitor インクイジター・トルケマーダの手下たち)によって捕まり、 拷問にかけられ 焚刑(ふんけい、火あぶりの刑 )に、私もコンノケンイチも架けられていただろう。今は、そういうわけにはゆかない。

 体制、権力、支配、秩序 よりも、 事実と真実そして、それを 勇気を持って書いて、書物にして残した者たちの方が、時間と時代に耐えて、勝つだろう。 「真実(事実)は権力よりも 強い、はずなのだ」 とまでしか、今の副島隆彦は言わない。 「強い」「はずなのだ」なのであって「強い」とまでは言い切れない。 Facts are mightyier than  power.  ファクト(ツ)・アー・マイティアー・ザン・パウア のはずなのだ。はずなのだ、とまでしか私でも言えない。

 支配、体制、権力の側は、民衆、大衆を、「私たちが、おまえたちに教育と試験問題を与えるのだから、私たちが教えるとおりの答えを書け。それ以外は、許さん」という強圧と威圧の態度を取る。 「私たちに逆らう奴は、ろくな生活はおくらせない」という態度だ。 それが支配、体制、権力というものだ。そして、国民教育とか、メディア(報道機関)というのも国民洗脳(せんのう、マインド・コントロール、ブレイン・ウオッシュ)の一種だ。だから、大きな真実の指摘は、何十年も、何百年の押さえつけられ、苦しい思いをする。
 


 私は、コンノケンイチ氏と、2010年8月に対談して、その内容は、彼の記念すべき処女作である『現代物理の死角(しかく)』(1980年刊)の 復刻版である『 宇宙論の超トリック、暗黒物質(ダークマター)の正体』(2010年、ヒカルランド刊 )として出版されたときの 巻末対談に載った。 この対談部分を、そのうち、デジタル文に文字起こしして、ここの 今日のぼやき に 載せますから、待っていて下さい。 

・コンノケンイチ氏と副島隆彦先生(1)(2010年8月、(C)ヒカルランド)


・コンノケンイチ氏と副島隆彦先生(2)(2010年8月、(C)ヒカルランド)

2010年8月9日、熱海

 その対談で、私は、「コンノケンイチ氏は、反ビッグバン論者たちの日本代表である。日本の体制派宇宙物理学者たちを私(副島隆彦)も糾弾する。理科系の諸学問もどうやら宗教の一種である。」と語り、このことは、その巻末対談の表紙に大きく見出しページとして書いてある。

 私が、コンノケンイチ氏の、『ビッグバン理論は間違っていた』(1993年刊)を賞賛するのは、彼が、ビッグバン( 膨張宇宙論 )を批判し、否定する際に、欧米の優れた、反ビッグバン派の物理学者、天文学者たちの 論文や、書物を きちんと引用して、説明して、この問題の全体を網羅するように書いたからだ。決して、とんでも本屋さんの思いつきで、あれこれ自分勝手なことを書いているのではない。
 
 この本の 参考文献 に、 以下の本たちが並んでいる。

1.『宇宙の果て』( チモシ・フェリス 著 斎田博訳 地人書館)
2.『ビッグバンはなかった』( 上下巻、エリック・J・ラーナー著 林一訳 河出書房新社)
3.『ビッグバン危うし』( ジョン・ボスロウ著 青木薫訳 講談社)
4.『宇宙のしくみとエネルギー』 (佐藤文隆著、 朝日出版)

このあと、スティーブン・ホーキング著の駄本2冊

7.『〈物質〉という神話』(ポール・デイビス、ジョン・グリビン共著 松浦俊輔訳、青土
社) 
8.『無限の果てに何があるか』(足立恒雄=のりお= 著 光文社)
9.『踊る物理学者たち』(ゲーリー・ズーカフ著 原著1979年、佐藤正博、大島保彦訳、青土社) 
10.『新しい宇宙の構造』(フレッド・ホイル、H・アルフベン共著 谷川安孝、中村誠太郎監訳、講談社)
このあとアインシュタインの本 など
そして、
18.『現代物理の死角』 (コンノケンイチ著 1980年)
19. 『ホーキング宇宙論の大ウソ』(コンノケンイチ著 徳間書店 1991年)

となっている。

 私、副島隆彦は、これらのうちの 10冊ぐらいを、このあと買い集めた。そして時間を見つけて、これらの本をこの10年間で、あれこれめくって、読んだ。 すべて宇宙物理学者たちの専門書の本であるから、よくは分からない。それでも構わない。

 彼らは、自分は、大きな真実を言うのだ、嘘を言う気はない、という態度で書いている。この叫びと、情熱と、怨念のようなものを読んでいて強く感じる。 体制派、権力派に擦(す)り寄る者たちは、、自分が大勢順応で、生き延びて、良い職に就(つ)き続けて、一生をぬくぬくと、いい思いをして「生き方上手」で生きたい。

 だから、体制派のための虚偽であると分かっていても、それに従って、自分は、御身大事(おんみだいじ)で、悪人の嘘つき人間として、管理職側で、上手に生きてゆく者たちとは、根本から異なる。体制側の愚鈍な人間たちが書く本は、すぐに、私は臭(にお)いで分かる。私は真実を嗅ぎ分ける。

 その才能を生まれた時から、私、副島隆彦は持ってる。思想戦闘員( thought commando ソート・コマンドウ)としての天賦(てんぷ)の才能だ。

 私は、今度、コンノケンイチ氏の『ビッグバン理論は間違っていた』本と、『ホーキング宇宙論の大ウソ』(1991年間、これも徳間書店) について、分かりやすく解説しようと思う。待っていて欲しい。彼らは、すでにガラガラと崩れ始めている。と、私が、こう書くと、私のことを嘲(あざわ)らう者たちが、今もいるだろう。だが、その時、彼らの顔は引き攣(つ)っている。その瞬間を私は見逃さない。

 コンノケンイチの『ビッグバン・・』から重要な個所を引用する。

 ・・1986年のその日は、ビッグバン宇宙論の支持者にとって大きな転機・・・。ハーバード大学教授でスミソニアン天文物理学センターの宇宙物理学者でもあるマーガレット・ゲラー女史の革命的ともいえる研究発表がプリンストン大学で・・・。ゲラー女史の講演テーマは、・・・宇宙の大規模構造(のちにグレートウォールと呼ばれる)についてだった。

・・・会場には大勢の物理学者が参集して・・・講演が始まって、ゲラーが順次掲げて見せる宇宙の銀河図には、彼女が見出した宇宙の大規模構造が明瞭に描き出されていた。・・・・その時は、ゲラーたち自身も自分たちの発見が、将来ビッグバン理論を根底から揺るがすことになるとは・・・・。( P32,33)

 この巨大な矛盾に無視の姿勢を貫こうとしている保守的な科学者たちを、エリック・J・ラーナーは自著『ビッグバンはなかった』(序文の21ページ)で次のように揶揄(やゆ)している。・・・・(P33)

・・・もし「宇宙の赤方偏移(レッドシフト)がドップラー効果による」という解釈法が間違っていたら、ビッグバン理論はもちろん、数学的に発展させた「超ひも理論」とか「インフレーション宇宙」、「ホーキング宇宙論」など、たちまちにして完全消滅の運命を辿(たど)る。 (P43)

 1948年にフレッド・ホイルらによって唱えられた「定常(ていじょう)宇宙論」は、ビッグバンがかかえる特異点(とくいてん)という矛盾を解決するために提出された・・・。日本では「定常宇宙論(Steady State  Universe )というタイトルゆえか、ビッグバン理論に対抗する「爆発も膨張もしていない、常に定常を保っている静止宇宙」と考え違いをしている人が多い。・・・宇宙には始まりも終わりもないというものだ。(P50)

 ホールトン・アープ博士の、宇宙の赤方偏移は膨張運動を示すものではないという主張と、・・・・ホールトン・アープは、1949年ハーバード大学を卒業し、・・・1953年カリフォルニアのウィルソン天文台とパロマー天文台の正式な天文学研究のスタッフを務めた。・・・しかしアープは、今はドイツのマックス・プランク研究所に追放された身である。彼の観測した多数の特異銀座(クエーサー)の赤方偏移の異常性をめぐる主張が原因となってアメリカのおける天文台の使用を拒絶され、・・・ (p75)

 1966年のある日のことだった。アープは電波源に記されている準星(クエーサー)のリストを見ていたとき、・・・準星と思える電波源が比較的近い銀河のそばにあることに気付いた・・・・午前4時までかかって、アープはいくつかの電波源がわれわれに近い銀河の付近にあることを確認・・・・(P78)

 グレートウォールの発見者マーガレット・ゲラー女史は、ジョン・ボスロウに暗黒物質(ダーク・マター)について問われたとき、次のように・・・「暗黒物質の話をきいたときに、なんだかエーテルのことを考えてしまいました。・・・

 これはゲーリー・ズーカフ著『踊る物理学者たち』(青土社刊)からの引用である。・・・(P231)

 私(コンノケンイチ)は「科学は現代のもっとも強力な宗教」と言ったが、あなた(池内了=いけうちさとる=)方は、それほど完璧なのだろうか? それほど池内氏の信仰する科学(ビッグバン理論やアインシュタイン相対論)は絶対なのだろうか? 「信じる者は幸いなり」というが、あなた方の教祖であるアインシュタインやホーキング・・・・を崇(あが)めるのはご自由だが、自分たちの盲信的な信仰を他人に強要されても困る。(P285)

 ・・・(私、コンノケンイチの本は)事実「若者に有害きわまる本」と新聞書評に大きく掲載され、非難もされた。 しかし時代は急激に変化しており、本書で述べてきたように欧米ではビッグバン理論は崩壊寸前のクラッシュに見舞われているのが現状である。(P287)

 私の知る範囲では、ビッグバン理論は大部分の人が基本的にオカシイといっている。それも一般の人だけでなくレッキとした大学教授や科学者に多いのである。価値観が大きく揺らいでいる現代、池内氏の(私への)批判文を見ると・・・(P289)

(抜粋、引用終わり)

 副島隆彦です。このようにコンノケンイチ氏の書いていることは、今、読んでも正確である。彼の大きな業績はあまりにも報われることもなく、彼はさびしく今年逝(い)ってしまわれた。私は深い追悼の気持ちを込めて、弔(とむら)い合戦をしなければならない。それがあとに残された私の責務である。

 そして、私は、コンノケンイチ氏の『ビッグバン理論は・・・』 の 前述した参考文献の一冊に、一冊だけ日本人の数学者の本が有るのに気付いていた。それが、 8.『無限の果てに何があるか』(足立恒雄=のりお= 著 光文社)である。私は、この5日間この本を読んでいた。買った時の10年前には、パラパラとしか捲(めく)れなかった。私は、そのとき、『人類の月面着陸は無かったろう論』を書くことで忙しかった。

 私は、今年61歳になって、ようやく人生に、余生と 時間の余裕が出たからなのか。ずっと忙しかった。それでも、弟子たちを抱えて、私は、次々といろいろな種類の本を書く仕事に追われている。皆は信じないかもしれないが、これだけ本を書いて出版しても、私の生活は安定しない。 3年半前の3・11の大地震の後(あと)で、私の収入は半減した。本が書店で売れなくなったからだ。

 どこの書店も、出版社も苦しそうだ。どんな大手であっても今にも潰(つぶ)れ=倒産しそうだ。一番、本が売れている私でさえ、これぐらい苦しい。 ということは、日本全国の、書店や出版業者だけでなく、他のあらゆる業界、産業界、すべての職種(しょくしゅ)で、売り上げ、収入が、この4年間で半減しているということだ。

 私は、こういう事実の洞察で間違わない。アホたちのアホ言論や、体制側(安倍政権のアベノミクス、とその失墜)の繰り出す、嘘八百のテレビ・新聞を使ったウソ、国民洗脳(せんのう)を私は見抜く。私は騙(だま)されない。私、副島隆彦が騙されたら、日本は終わりだ、と本気で思っている。

 私は、この数学者の足立恒雄(あだちつねお)の『無限の果てに何があるか』 (光文社 カッパサイエンス刊、1992年刊) を ずっと読んでいて、さらに、昔読んだ、数学教育者の 森毅(もりつよし)京大教授の『数学の歴史』(初版1970年刊。講談社学術文庫で1988年)を書棚から引っ張りだして読んだ。 この数日、読んでいて、いろいろと勉強になった。

 「無限の果て(のその向こう)に何があるか」 と、 書いたら、そうしたら、現代数学は、終わりなのだ。無限( infinity インフィニティ。infinite インフィニテ、無限大=むげんだい=、 un-limited アンリミッテッド 、極限 limitation リミテイション =仮無限 )を疑って、あるいは、そんなものは無い、とか言ってしまったら、現代数学は成り立たな(はずな)のだ。

 今は、そこらの数学者たちでも、吐き捨てるように、「無限なんて無いんだよ」と平気で言うようになった。「あれは、便宜的に、記号で表しただけ」なのだ、と。オカシナものだ。時代は、本当に、コンノケンイチ氏が言ったように、いつの間にか、急激に、崩れるように変わってゆく。皆、自分が、一昔だったら、絶対に言ってはいけなかったことを、ポロリと口にしていることに、自覚がない。そういう人間は、どうせ、元々が、お庶民で、大衆だ。名前は残らない。

 それでも、今も 日本の大学の理学部に数学科があって、そこの学生たちと教授たちが立派に存在する。 私が、「副島隆彦は、これから、長年の希望通り、時間ができたら、数学と、イスラム教 の 勉強を始めます」 と言うと、私の身近の大学の数学科出身の人間が、ひたすらイヤな顔をして、私からの質問を、極度にいやがり、神経質に拒絶する。

 この人は、日本の大学の数学教育の被害者であって、脳にトラウマ(外傷、脳の表面の思考のところに傷が付いている) がある。だからその後、社会に出てから、頭の中は、どんどんスピリチュアルの世界に行った。

 スピリチュアリズム spiritualism の世界とは、多くの洗脳教育と、地獄の受験勉強(試験勉強)から、自分の傷だらけになった脳を、救済しようとして、別の世界にはみ出してゆく、切実な、大衆行動のことだ。私は、学校教育=公教育の 対極のところに、スピリチュアリズムの世界を見る。 そして、自分(副島隆彦)が、そのスピリチュアルの世界に逃れだしていった多くの人々を、自分の本の読者(お客)にできないことを、今も、一番、切実な問題として、考えている。

 こういうことを私が、指摘すると 極端にいやがられる。「自分には、大学で勉強した数学が、何にも分からなかった。全く分からなかった。ただ、数式と公式を暗記して、試験を受かって、卒業しただけだ 」と言い切る。 私、副島隆彦は、だから、数学(マセマテックス)とは一体、何者、何物か、で、昨日、2時間ほど、自分のモノローグ(独白)を、録音した。ここからが、私、副島隆彦の「数学とは何ものか」の思考のはじまりである。

 多くの人が、特に、理系の、大学の理学部、工学部を出た人たちが、私、副島隆彦の「数学とは何ものか。どうして、ほとんどすべての人間が、数学から落ちこぼれて、特に、それは文科系(ぶんかけい)に人間がほとんどであるが、数学や物理学という学問( 物理学は、サイエンスの一部。だが、数学は、神学=セオロジー=の端女(はしため)、下女である。フィロソフィー(愛知学)と共に、今もキリスト教神学の為の、下僕にされている密かな学問)」の、この秘密を明かしてはいけないことになっている。だから、多くの人は、数学と物理学 には近づかないで、自分のまわりの、だたの現実の世界で生きている。

 私は、こうして、数学の世界にも入り込んだ。今度は、数学についての 全体観察をする。 今日は、もう、ここには一箇所しか引用しない。

(引用始め)

  ・・・ここで、ガウスの数論の発展として、クロネッカーの構築してみせたのは代数体(だいすうたい)の数論(すいろん)であり、これはやがてヒルベルトから高木貞治(たかぎていじ)の類体論(るいたいろん)へといたる通路であった。

 クロネッカーは、自然数(しぜんすう)から出発して有限的な構築の世界に数学を限定する、との強い信念とともにベルリン大学に君臨していたのだが、それはじつは、〈無限(むげん)〉の問題が数学の足元を崩しかけている時代であった。
  
 森毅(もりつよし) 『数学の歴史』 P174  から

(引用終わり)

 同じことを、足立恒雄( 早稲田大学で理工学部長もした、現実の世の中をよくよく弁(わきま)えている数学者)が、次のように書いている。

(引用始め)

 ・・・(カントルの集合論は)とくにクロネッカーを中心とする激しい攻撃にさらされることになった。L・クロネッカー(1823-91)は、整数の体系は天与の基礎知識であって、整数の概念を基礎づける必要もないし、整数以外の数を考えるのは造物主(ぞうぶつしゅ)に対する不敬(ふけい)であるという極端な思想の持ち主であった・・・。

 整数論(せいすうろん)学者としてはクロネッカーというのたいへん偉大で、その後の数学の動向に大きな影響を与えた人なのだが、ヒルベルトの言葉を借りれば、権力的な、独裁癖(どくさいへき)の強い人格で、自分の好むものだけを人に強要する傾向があったらしい。・・・実際にはカントルの就職を妨害するというような行動までしたものだから、・・・・

 足立恒雄 『無限の果てに何があるか』 P224 から

(引用終わり)

副島隆彦です。このクロネッカーというドイツの数学者 で、保守的で体制的であった数学者は、オイラー、ラグランジュ、ガロア以降の アーベルや ボヤイ(ボイヤ)や、ロバチェフスキーらの ユークリッド幾何学の 第5公理(だいごこうり、平行線公理)の矛盾の解明と、5次元数の根の問題から出てきた、虚数(イマジナリー・ナンバー)や複素数(コムプレックス・ナンバー)などを嫌って、これらを扱うことを禁じて、実数世界の実学(じつがく)としての数学をやれ、と言ったらしい。このクロネッカーの  保守反動の数学思想を、私、副島隆彦は、今、なかなかいいなあ、と思っている。 

 だから足立恒雄(あだちのりお)は、早稲田大学の理工学部の学生は、大企業に就職して、最先端の工業製品の製造に役立つ程度の、実学(じつがく)の数学や物理学を学べばいいのだ、と結論したようだ。だから、彼は、「この世に真理などというものはない。真理の探求のために数学があるのではない」を、自分の人生の数学研究の果ての結論にしたようだ。 私は、今、72歳のこの足立の生き方を、彼のブログを、この数日、読んでいて、何かしら、もの哀しいものを感じるが、よく分かる。 この問題を、私は西村肇(にしむらはじめ)東大名誉教授と、今度、真剣に話そうと思う。

 このあと、バートランド・ラッセルが、「ラッセルのパラドックス(逆理)」で、カントルの集合論のおかしさを証明してしまった。それで、デデキントとフレーゲとカントルの三人が、窮地に陥った。それをヒルベルトが必死で防戦し、現代数学そのものを、なんとか立て直した。ところがゲーデルが出てきてしまった。

 私は、17歳のときに、50円で買った岩波書店の岩波文庫の デデキント著の『数(すう)について』の中の、「デデキントの切断(せつだん)」あたりをずっともう40数年間も、気にし続けている。

 私は、自分が高校2年生(17歳。このあと私は高校を中退する。教師たちと政治運動のことで争いになって、高校を追い出された )のときに、とりわけ、集合(set )の演算(えんざん)の試験問題がちっとも出来なかった。それで集合論には、私は、敵対感情というか、かなり激しい敵意を今も持っていて、お礼参り(復讐心)のような感じを抱いている。

 「 A が B  を含む(=包含関係)」 というのは、「 A は B に含まれる 」ということでもあるのだ。「含むということは含まれる、ということなのだ」 ということが、数学の集合論(の数学者たち)の方が、分かっていないと、私は、その頃から強く感じていた。お礼参り=その後もずっと考え続けるということ、をすると、17歳の私は決意したことを覚えている。

 ラッセルが、1902年に、集合論の逆理(パラドックス)で、ボロボロにしてしまった現代数学(=高等数学)は、そのあと、さらに、1931年に、ゲーデルの 「不完全性定理」で決定的に打ちのめされた。 ゲーデル問題に近寄ると、ペンペン草も生えない、と今も、日本の大学の数学科の中では言われている。

 私、副島隆彦は、30代の頃から、生活する必要に迫られて、東京の代ゼミという大きな予備校で13年間、英語科の入試問題を解く(説く)教師としてご飯を食べた。その成果は、『欠陥英和辞典の研究』(宝島社、1989年刊) と、『英文法の謎を解く』(全3巻、ちくま新書、1994年から) とその前の『Be と Have から考える英語』(1994年刊の『道具としての英語。しくみ編』を改定したもの。2006年、日本文芸社刊) に結実させて残した。

 私は、代ゼミで教えていたとき、講師室で、東大の数学科や物理学出の 学者崩れ、学者にはなれなかった者たち、つまり数学者、物理学者からの落ちこぼれ、の教師たちがたくさんいて、昼ごはんを食べながら、彼らを誂(からか)うようにしてたくさん、おしゃべりをした。無限や無限大のこともよく話した。

 その時の会話や、私からの質問事項への彼らの答えとかが、今も、ノートになって残ってる。それらをいよいよ開く時期が来た、と思っている。 このように、私、副島隆彦は何でもやる。およそ人間世界にある知識、思想、学問は、自分が近づける限り、近づく。 自分でやってみる。

 食わず嫌(ぎら)いで関わらないで、死んでゆくのは勿体(もったい)無い。数学についての私の研究は、近いうちに、会員ページで発表します。決してむずかしいことは書かない。本当に、すべて種明(たねあ)かしのようにやる。それがこの世のすべての、隠された秘密を暴(あば)き続けると決めた、暴(あば)き系言論人としての真骨頂であり私の運命である。

 今、騒がれている 3D(スリーディー)プリンターというのは、きっと数学の線形代数や、ベクトル解析の成果であり、その前は、ハミルトンの4元数(しげんすう。quaternion クオータニオン)から生まれたもので、そのあと、ウイーナーやフランツ・ファノン、フォン・ノイマンたちのコンピュータ数学から生まれた、カド・キャム CAD-CAM の 自動設計 の機械が更に進んだもので、OR(オウアール。オペレーション・リサーチ)の「2点間問題 」( inter temporary theory インターテンポラリー・セオリー) 」も含んでいる。 

 3Dプリンターを使うと、シリコンで出来たコーヒーカップとかが、見る見る目の前に出来上がる、というただの工業技術だ。位相幾何学(トポロジー)の行き着いた果てでの、申し子ではないのか。

 こういうところに低級な数学は今も生きている。だが、 人工知能(AI エイ・アイ。 アーティフシャル・インテリジェンス)は出来ない( 「あと、500年かかる」 )と、25年前(1984年)に、マービン・ミンスキー MIT (エム・アイ・ティ)教授が、白状してしまった、ことを私は知っている。だから 自動制御(サイバネテックス)から自動機械(オートマトン)そして人工知能(自分で考えて自己制御する)ロボットにまで行きつこうとして、それが大きく失敗していることも、私は知っている。今の数学が、行き着いてぶつかっている壁について、もうすぐ私は探索するだろう。
 


副島道場より1

http://www.snsi.jp/tops/boyaki/1723
「1431」 広域暴力団・山口組 の出生の秘密。 育てたアメリカ と 金融統制。 この3つの連環を解読する。 副島隆彦・記 2014年2月18日
 副島隆彦です。今日は2014年2月18日です。

 これから、現在の日本の金融経済の動きの根底のところで非常に重要であると思われる日本のやくざ者、暴力団の山口組の話をします。

 それはどういうことから始めるかというと、日本のメディアではあまり相手にされてないけども、重要な新聞記事が去年の12月20日に出ました。これはアメリカの財務省が山口組の幹部4人を金融制裁の対象に追加したと発表したんです。アメリカ時間で12月19日です。

 (貼り付け始め)

ヤクザの経済的安定は許さない」 米財務省、山口組幹部4人を経済制裁対象に追加
産經新聞(2012年12月20日)
 【ワシントン=小雲規生】米財務省は19日、日本や海外で麻薬密輸やマネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪行為に関わっているとして、日本の指定暴力団山口組の幹部4人を経済制裁の対象に追加指定した。米国内の資産を凍結するとともに、米国の個人や企業との取引を禁止する。

 新たに指定されたのは入江禎(舎弟頭)、橋本弘文(統括委員長)、正木年男(舎弟)、石田章六(顧問)の4氏。同省はこれまで山口組、住吉会、稲川会を組織指定するとともに、山口組の篠田建市(通称司忍)組長ら10人を個人として、それぞれ経済制裁の対象としていた。

 コーエン米財務次官(テロ・金融犯罪担当)は声明で、制裁の目的について「米国の金融システムを犯罪組織の影響から守る」と強調。「ヤクザの経済的な安定に打撃を加え、麻薬密売やマネーロンダリングを防ぐ」としている。

 同省は日本の暴力団がアジアや欧州、米国にまたがる国際的な犯罪組織網を築き、米国内でも麻薬密売などに関わっているとしている。

(貼り付け終わり)


 副島隆彦です。この記事にでているのは、今の山口組の最高幹部から3人目の人たちである4人です。もう一度、記事から引用しますが、入江偵、橋本弘文、正木年男、それから石田章六です。

 日本の暴力団をマネーロンダリングや人身売買などを行う犯罪組織、犯罪集団であると認定した上で、アメリカ財務省が、アメリカ国内に彼らの資産がある場合は凍結する、それからアメリカ国民との商取引も禁止という制裁措置を発表したんです。

 そんなの当たり前じゃないかと思うかもしれませんが、実はこれは非常に重要な動きなんです。なぜ重要かを話していきますが、広域指定暴力団というのがあって、それは21団体ということになってます。これは暴対法とか暴力団対策法と呼ばれる法律があって、1992年にできてます。正式には暴力団(員)による不当な行為の防止等に関する法律といいます。平成4年ですね。

 この表は警察が発表してるわけですが、山口組(やまぐちぐみ)というのが神戸にあって4万人弱です。構成員というのが1万5000人で、あと準構成員が1万6000人ぐらいいるんですね。その次に稲川会(いながわかい)というのがあって、本拠は東京の港区ということになってますが、これが4000人ぐらい。

 それから住吉会(すみよしかい)というのがあって、これが5000人ぐらいということになってます。しかし、これは倍ぐらいの数で普通は考えますから1万人ぐらいでしょう。あとは400~500人とか200人とかで、ずっと小さな団体になります。全体で9万人ぐらいいると言われてます。そのうちの半分弱の4万人ぐらいが山口組だということです。

 暴力団というのは近寄るのも恐ろしい人たちで、最近実は見かけなくなったんです。これは暴対法(ぼうたいほう)ができてから、暴力団的な雰囲気や外見があるだけでも社会から非難される、怖がられるという感じがどんどん広がりました。

 この暴対法ができてからもう20年以上たつのですが、かなり効き目がある。広域暴力団の指定を受けてるところは相当経済的に追い詰められていて、もうほんとに暴力団の組員たちは生活ができないというような状況まで追い込まれている。

 彼らの用語で「しのぎ」といいますが、生活費を稼ぐという意味です。従来はナイトクラブやキャバレーからのみかじめ料(用心棒代)と呼ばれてたお金が入ったり、あとはお酒や、麻薬はとてもじゃない、もう手を出さないけれども覚せい剤とか売春、その他いわゆる興行を行う人たちもいるわけです。

 確かに、暴力団の話を副島隆彦がしても仕方がないとも思うわけです。ただ、私も自民党の勉強会に15年ぐらい前に行ってるときに、暴力団の雰囲気や感じが自民党の内部を観察していても、あの当時はやはりありました。私自身もちょっと恐ろしい体験をこの時期にしています。その話を今からお話しします。

 私はアメリカ政治研究の若手の評論家として自民党の政治家たちに呼ばれて、あるいは財界人たちの集まりで話をすることが多かったのですが、どうも雰囲気がよくない。言葉の端々に嫌な感じがつきまとうわけです。政治は、こういう裏の社会の人間たちとのつき合いが必ずあります。私ももうこの年になると、暴力団が裏にちらちら見え隠れする政治家たちのことがよくわかるようになりました。

 ただ、私は暴力団の人間とつき合うこともないし、暴力団から派生して生まれたと思われる、いわゆる右翼と呼ばれてる人たちとのつき合いもない。つき合いがなければ被害もないわけですから、そのこと自体は賢く生きてきたと言えます。今は暴力団、やくざ者が非常に日本社会から排除されて、ほとんど表に出られなくなったという時代です。

 それで大事な話をしますと、私が自民党の政治家と関わることになるだいぶ前の話ですが、児玉誉士夫(こだまよしお)という右翼の大物の人物がおりました。この人の話をしなきゃいけない。児玉誉士夫がなぜ重要かというと、もしかしたら自民党という政党で今の政権党を、戦後につくったとき以来のお金を出した一番の出資者は児玉誉士夫であるからです。

 それで自民党と児玉誉士夫の闘い、争いというのがあったんだというふうに考えなければいけない。まさかそんなと思いますが、自由党や民主党と呼ばれたころからの戦後の日本の大きな政党の動きがたくさんあったわけですけども、お金の動きというものを中心に物を見ると真実が浮かび上がる。
 
 大事なことを言わなければいけない。なぜ大事なことというのかは、こういうことです。

 実は山口組という日本最大の巨大な暴力団組織と児玉誉士夫は闘う関係、対立する関係にあった、ということなのです。

 大きく私たちが理解しようと思うと、関東やくざというのがあって、これは関東会とか関東七社会(関東会加盟7団体)とか、あるいは今では関東二十日会ともいいますが、その中心は最初に話した稲川会。これは錦政会(きんせいかい)という登録もしていた時期があります。それと住吉連合ですね。住吉会ともいいます。これが1万人ぐらいずついるんですが、この関東やくざの親分が児玉誉士夫だったわけです。わかりやすく言うと、そういうことなんです。そして自民党という政党ができていく過程で、大きなお金をどこから持ってきたか、つくって渡したのが児玉誉士夫です。

 私の本で『日本の秘密』(弓立社)という本がありまして、その中で、戦後の日本の大物政治家たちの離散、集合、対立といいますか、大きな図式を私は党人派の政治家たちと官僚派(官僚上がり)という政治家たちの2種類に大きく分けて、ばさっとわかりやすく流れを全て説明しました。

 一言で言うと、鳩山一郎と吉田茂の闘いであるといってもいい。鳩山一郎たちが戦後は自由党と名乗りましたが、戦前はずっと政友会という政党で、これはもう伊藤博文たちまでさかのぼる、三井住友、ロスチャイルドの系統の大きな政党です。

 それに対して官僚上がりというか、官僚から政界に入ってきた者たちは民政党という政党にいたんです。それは三菱、ロックフェラー系であるところの三菱財閥が応援して、岩崎弥太郎の長女、次女、三女がそれぞれ桂太郎や加藤高明という民政党の大物政治家、首相になった連中に嫁いでいる。この二つの政友会対民政党の争いが戦後もずっと続いたということです。

 吉田茂は外務官僚上がりですから、本当は戦後も民政党の流れをつくっていくべきだったのに、彼が自由党に入ってしまった。それで大きく乱れて混乱が生じたんです。戦後すぐの昭和22年(1947年)の第1回目の選挙で勝ったのは鳩山一郎たちなんですね。ほかに三木武吉(みきぶきち)というおもしろい、徳島出身の政治家がいました。ブリヂストンの創業者である石橋家の娘を息子の奥さんとしてもらっていて、ブリヂストンのお金も出てるわけです。

 ところが、選挙で勝ったのに鳩山一郎が公職追放になる。そのために仕方なく吉田茂に政権を預けたという形になるわけです。吉田、おまえに預けた政権を返せという争いが何とその後8年間も続いて、これは私が生まれた次の年ですが、昭和29年(1954年)にようやく鳩山内閣が成立します。しかし、もう鳩山一郎は体を壊していて2年ぐらいしかできなかった。

 鳩山一郎たちの党人派の政治家たちのほうが、国民の、少なくとも金持ち層や経営者層の意思を代表した一番国民政党らしい政党です。それに対して官僚上がりの連中というのは、やはりどこか非常に国民の生活を統制しようという感じがある。

 僕らでも知ってるのは、この後1972年から田中角栄という人物の政権ができるわけですが、私、副島隆彦も気持ちの上では田中角栄を一番重要な、おもしろい、民衆の代表の政治家だと今でも思ってる。田中角栄は土建屋さん上がりですから、戦前から土建屋としてはい上がって、戦後の若い30代から政治家をずっとやってるわけですが、頭脳がコンピューターのようで、コンピューターつきブルドーザーと呼ばれた男で、『日本列島改造論』という本で書いた内容の政権公約を掲げた。

 そして、佐藤栄作という官僚上がりの政治家の後を継いで、田中角栄も佐藤派の中にいたんですけども、内部から次の首相として佐藤栄作直系の福田赳夫たちを追い落とす形で、政権をとったわけです。しかしアメリカに気に入られなくて、田中角栄はロッキード事件のスキャンダルで追い落とされていった。その前に金脈事件で『文藝春秋』という雑誌に刺されて政権を放り投げるわけです。1974年ですね。

 田中角栄は暴力団や右翼とはつき合わなかったんだけども、それでも実は、そういう勢力とのつながりのある実業家とは接点を持っていました。それは、皆さんも知ってると思いますが、箱根宮ノ下の藤屋旅館(ふじやりょかん)とか有名な立派な旅館をたくさん持ってる国際興業の小佐野賢治(おさのけんじ)です。小佐野という人と田中角栄は非常に近くて、ロッキード事件が起きてから小佐野も国会喚問されました。

 そしてこの小佐野と、児玉誉士夫はつき合いが深かったということで、やはりお金の裏側での動かし方というのがあったわけです。

 ここまでは小佐野、児玉という人物を話すための前振りです。あまり焦点がぼけてしまってはいけないのでもとに戻します。

 児玉誉士夫は戦後の右翼の頭目として非常に重要な人物です。戦前から右翼活動をやっていた人です。後で彼の経歴等は話しますが、戦後も非常に重要な人物で、政権をつくっていく形でお金や人間を動かしていくわけですが、実はアメリカが彼らを利用していった。

 重要なことは岸信介と笹川良一と児玉誉士夫らの関係です。この3人が、ほかの人たちもいるんだけど、巣鴨プリズンといって、戦後GHQの接収した池袋の隣の巣鴨の刑務所に戦争犯罪人、戦犯として収容されていた。そして、東条英機以下7人の軍人プラス外務官僚1人が絞首刑(こうしゅけい)になったのが12月23日で、今の天皇の誕生日のはずです。その次の日の夜、児玉誉士夫と笹川良一と岸信介が釈放されています。

 彼らは、本当は自分たちも裁判にかけられると思っていたわけです。しかし釈放した。裁判はなしにしてしまいました。これは一言で言うと、当時のアメリカの戦略が関係していました。

 それは反共産主義同盟という考え方です。彼らは中国大陸の侵略戦争とかで悪いことをたくさんしてきたけれども、中国やソビエト、ロシアとの戦いにおいては、アメリカとしては非常に極東で利用できる人材であるということで、米軍と裏でつながったわけです。

 もうちょっと言うと、米軍の中の調達担当将校 appropriation officer といいますが、これは物資を計画的に軍隊に配給したり、軍隊関係の会計や財務を全て握ってる将校で、日本でいうと「主計(しゅけい)」といいます。要するにお金を握ってる軍人たちです。

 彼らと相当深いつながりができて、そこに児玉誉士夫が、旧海軍が持ってた秘密の鉱物資源や財宝がたくさんある倉庫の場所を教えることで渡したんです。それのキックバックという形で1割、もしかしたら2割を児玉誉士夫がもらっているんですね。だから、児玉は日本の戦後で大きなお金を持っていたはずなんです。

 今申し上げた世界反共同盟ですが、これは英語ではブルワーク・アゲインスト・コミュニズムといいまして、反共産主義のための防波堤(ぼうはてい)という理屈ですね。その役割を戦犯だった3人に担わせたということになるわけです。

 児玉が中国大陸でつくった大きな児玉機関という組織があって、これはある意味で人殺しでも何でもできる恐ろしい人たちですから、そういう人間たちをアメリカは利用したんです。ですから、児玉は非常に力を持った。

 土肥原機関というのがあって土肥原賢二(どいはらけんじ)という男がいまして、軍人で、これは中将だったのかな、奉天特務機関―奉天というのは今の中国の瀋陽で、遼寧省の省都です―をしきっていました。それから、彼は上海特務機関の機関長をしていた。日本陸軍情報部の最高の地位にあった男です。絞首刑で東条英機たちと死にました。

 それから笹川機関というのもあって、笹川も同じような動きをしてて、児玉機関というのもあったわけで、この内部の細かいことは話しません。ただ、児玉と笹川のどちらが上だったのか問題というのが今もあります。

 熱海に戦後住んでた時期があって、熱海(あたみ)というのは稲川会の本部がずっとあったところです。私もいま熱海で仕事をしてますが。稲川角二が本名で、聖城というのが芸名みたいなものですが、この稲川聖城が92歳で5年ぐらい前に死にました。この稲川聖城という人は児玉誉士夫に心酔していた人です。つまり、児玉誉士夫の子分をみずから買って出た人。同じように住吉連合のほうも、児玉誉士夫を先生と言って尊敬したわけです。

 稲川会系は博徒というか、ばくち打ちたちの集まりということになってます。それに対して住吉連合のほうは、テキ屋さんの団体。テキ屋というのは、わかりやすく言うと、縁日のときのお寺や神社の前にずらっとタコ焼き屋や物売り屋さんが並びますが、あの人たちの連合体がテキ屋です。フーテンの寅さんたちがテキ屋で、江戸時代から存在したはずです。

 しかしテキ屋さんの連合体というけど、日本の暴力団の歴史は古くはありません。明治時代からずっとあっただろうと言うけど、そんなことはないんです。簡単に言うと、日本の暴力団が組織として明確に存在したのは戦後の話です。だから、70年の伝統がある程度です。組織としては暴力団というのはそんなに古い組織ではない。そのことも案外知られていない。

 ですから、アメリカ政府というか、駐留米軍が児玉誉士夫たちを非常に重宝がって利用した。この事実があまり語られない。あるいは、日本の検察庁や警察も児玉誉士夫たちに大変世話になってる。情報をとったり、あるいは警察上がりの人たちも、暴力団系、右翼系の組織で定年退職した後に面倒を見てもらってる人がたくさんいたんです。今もいると思います。

 ところが決定的な事実は、その後、児玉誉士夫たちがアメリカによって切り捨てられたということです。アメリカはもう児玉誉士夫たちを使わないということになった。それはいつかというと、それがまさしくロッキード事件でありました。

 ロッキード事件が表に出たのは、アメリカの上院のロッキード特別委員会で1976年に突如、コーチャンというロッキード社の社長がピーナツという呼び名でお金を渡したと話したわけです。それが日本にすぐ飛び火しまして、児玉誉士夫は8億5000万円の脱税容疑で起訴されました。これが1976年の3月13日です。

 その4カ月後の7月27日に田中角栄が、もう首相は辞任しておりましたが、田中派という大きな自民党の派閥を持ってたんですが、ロッキード社から5億円を賄賂として受領したという罪で逮捕されました。外国為替及び外国為替管理法違反(外為法違反)という容疑になるんですが、1976年にまとめて児玉誉士夫と田中角栄たちが処分されていたということです。

 ここを中心に考えるといいのですが、1960年安保闘争というのがあったんですが、1960年安保のときには岸信介政権を児玉誉士夫は一生懸命応援して支えてるわけです。それで、岸政権は安保条約を改定して延長していくために動いたんです。ところが、どうも真実は、10年置きに二つの国の政府が話し合って、安保条約の契約を更新するかしないかを決めるという条文があったようで、一方的に相手に対して安保条約を破棄する権利があるというような条文があったはずなんです。

 ところが、そういう動きは一切封印されていまして、今は日本の学者たちも話さないようになってます。1960年から後は新安保条約というんですが、それはもう永久条約になってしまって、条約を改定する条文が消えてなくなってしまったんです。それは非常に重要なことなんです。児玉誉士夫たちは岸信介を守ろうとした。

 新安保条約には「もっとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。」という条項があります。


 それに対して全学連(ぜんがくれん)というのがありまして、今の過激派、学生運動の日本の国の元祖になる人たちがいて、この人たちが反対運動をやって、何万人かが国会の周りで激しくデモンストレーションをやる。さらに日本全国の労働組合や学者たちの団体やメディアやいろんな団体、50万人ぐらいが国会議事堂を取り囲んだ。それが1960年の6月15日という時点です。

 このときに警官隊が計画的に西門の中から学生たちを1万人ぐらい国会の庭に入れておいて、その後一網打尽という形で袋小路というか、中に追い込んで、それから襲いかかったわけです。学生たちは散り散りばらばらに下の三宅坂のほうに逃げて、警視庁の中にまで塀をよじ登って逃げたり、もっと下のお堀に飛び込んだりしたような人たちもいたわけです。

 しかし、国民的な政治闘争の場なんですが、それでもどうも裏の秘密がいろいろあると。そのことを私は『日本の秘密』で書きました。あのときの学生運動の指導者たち、これは共産主義者同盟というんですが、この人たちはどうもアメリカのCIAに操られてたんじゃないかということで、そのときの最高幹部だった島成郎(しましげお)という人に直接インタビューしてずけずけ聞いてます。そこいらの話は『日本の秘密』に書きました。こういう話を孫崎享さんたちが私の本で読んで、本当は相当ショックを受けたはずなんです。

 田中清玄(たなかきよはる、たなかせいげん)という、おかしなトリックスターの男が出てきます。田中清玄は、児玉誉士夫が放ったヒットマンに銃で撃たれてますけど、死ぬことはなかった。相手の男を押さえつけたというような勇猛なことも田中清玄はやってる。しかし田中清玄の後ろにはどうもアメリカの影がある。田中清玄たちが全学連という共産主義者同盟という名前の日本の過激派の元祖の人間たちをうまく操ったと。

 何とこの全学連の学生たちは、青木昌彦(あおきまさひこ)以下10数人、安保闘争が終わった後アメリカに留学してるんです。そして、このときの安保全学連の幹部たちは50数人いるんですが、多くが中曽根康弘がつくってる世界平和研究所の理事とか役員をして、そこでご飯を食べ続けました。中曽根康弘の秘書で一番優秀で有能だったのが小林克己(こばやしかつみ)という秘書で、この人が重要だった。東原吉伸(とうはらきちのぶ)というのは安保全学連の会計担当の指導者です。森田実さんはこのときの国際部長といって、彼は砂川闘争とかの指導者もやったということになっていて、少し動きが怪しい。

 ということは、岸信介に反対する財界人の勢力があって、これをアメリカが応援し、そして学生たちをけしかけてる。日本共産党から分裂した、情熱に燃えた、正義感に燃えた若者たちを、アメリカとしては利用できると考えたわけです。それに資金を与えたり、人脈を配置して、安保闘争をやらしてるという面がどうしてもある。これが歴史の真実。

 ということは、民族派であり右翼暴力団系である児玉誉士夫たちのほうが正しかったんじゃないかという見方も成り立つ。だから、アメリカとしてはやがて児玉誉士夫たちを切り捨てる。

 ところが大事なことは、山口組と全学連は「安保反対」の動きを示したわけです。暴力団なのに。ここがおもしろいところで。山口組の三代目は田岡一雄(たおかかずお)というんですが、これは美空ひばりを育てて死ぬまでずっとかわいがった、愛人にしていた男です。

 田岡一雄は1981年に死んでますが、神戸芸能社というのをつくって、今の日本のテレビ局の番組に出てくる歌手や芸能人たちの恐らく半分近くが山口組系の事務所に世話になっています。吉本興業も大きくは山口組系のお笑い芸能人の団体なんです。もっと複雑なことを言うと、山口組五代目の渡邉芳則(わたなべよしのり)の系統が関東に進出してきた吉本興業系で、それに対して司忍(つかさしのぶ)という六代目の今の組長たちの系譜が、今でもなんば花月劇場などに残ってる古いほうの勢力としての吉本興業だと思います。

 もっと話を飛ばして先へ行きますと、一番最初に言った新聞記事の中で、4人の山口組の最高幹部たちを組織犯罪者の人間として、アメリカ財務省が経済制裁を科すと発表したということです。

 これはどういうことかというと、ずばり言いますと、山口組は大きな組織ですから4兆円ぐらいの現金を動かしてるはずなんです。日本国内に現金、すなわちお札は90兆円から100兆円ぐらいあると思いますが、まあ、90兆円かな、90兆円ぐらいのうちの4兆から5兆の現金を山口組系が動かしてる。

 彼ら組織暴力団は帳簿等をほとんどつけませんので全て現金決済ですから、国税庁や税務署としてはとても中に踏み込んで入っていけるような人たちじゃない。暴力団の事務所まで「税金を取りに来ました」と言える国税庁の職員は誰もいません。非課税団体なんです。ですから、現金だけでやりとりしてます。この現金を消してしまえというのが、今のアメリカ財務省の動きなんです。

 これはどういうことかというと、来年再来年には世界金融恐慌に突入します。しかし、金融恐慌に突入してるということを阻止するために何をやるかというと、恐慌ではないというふりをするために統制経済に入っていき、金融統制を徹底的にやる。わかりやすく言うと、生活費としてのわずかの数十万とか数百万円ぐらいのお金以上のものは持たせなくするという動きになる。それを実はアメリカ財務省が仕組んでいるわけです。

 ですから、山口組を潰すという判断をアメリカはしたんです。正式にはオバマ大統領が2011年の7月に日本の暴力団を犯罪組織として認定した。ですから、このときから山口組を潰すという動きにアメリカ政府が出たということです。

 山口組を育てたのはアメリカなんです。戦後すぐの1947年から三代目田岡一雄ですが、神戸の沖仲士(おきなかし)たち、港湾荷役の仕事をしてる人たちの元締め、手配師の仕事をしてるわけです。これが本には書いてあるんだけども、なかなかみんなに知れ渡らないのは、朝鮮戦争が次に始まりますから、日本は朝鮮戦争をするための後方基地になったわけです。

 ということは、日本の主要な港、佐世保や神戸や横浜、横須賀、東京港、これらの大きな港湾に、アメリカの軍事用の輸送船等が何千隻も実は入ってくるんです。それの荷物の上げおろしをする沖仲士、荷役、人足たちを全て一番よく知って束ねてるのが山口組です。だから、山口組に全国制覇を許したわけです。だから、アメリカ政府が山口組を育てたんです。ここが重要なところでして。

 なぜなら当時1950年から朝鮮戦争が勃発して1年間激しい戦いをやるわけですが、物資の補給と輸送がうまくいかないと戦争は継続できない。ですから、山口組の田岡一雄を積極的に育てた。ということは、神戸以外のほかの港湾荷役労働者たちも山口組が組織してるから、例えば小泉純一郎という人は横須賀で、小泉又次郎という背中に入れ墨を入れた政治家の孫ですが、その人は稲川会系と言われてます。港湾労働者には米軍の船の修理やいろんな港湾の仕事があるんですが、しかしそこに影響を与えてたのは山口組系だと思います。

 そして、その山口組をもう要らないと2011年にアメリカ政府、つまりアメリカ財務省が決断してる。それは現金での取引という経済システムを潰してしまいたいからです。そのためには各国の税務当局が情報を共有する大勢にするのがいい。

 日本国を金融統制体制にして、全てのお金の動きを政府が管理するという段階での一番の障害要因だからです。個人はお金でスーパーで買い物をしてるわけですが、法人の場合、送金とか支払いとか契約のお金を決済するには全部銀行送金をしろと。あるいは振替でやれというふうに政府が厳しく国民を統制しつつあります。その動きの一環なんです。そのために地下経済というものを体現している山口組をお役御免にするということなのです。

 あと、山口組の歴史として私が話すべきは、これと同じことがイタリアでもあった。それは私の映画評論集の中で書きました。これもおさらいになりますが、重要な話なのでもう一回やります。

 ラッキー・ルチアーノというイタリア系マフィアの、ニューヨークに住んでた最高幹部がいます。「ラッキー・ルチアーノ」(「伝説の犯罪者たち:ラッキー・ルチアーノ編」)という名前の映画があるわけですが、イタリア人の監督や俳優たちがつくったすばらしい映画です。この「ラッキー・ルチアーノ」を改作したというか、泥棒してまねしてつくったのが「ゴッドファーザー」です。本当の話はこのラッキー・ルチアーノという人物の話なんです。実在の人です。

 どういうことかというと、シシリー出身の貧しいイタリア人たちがアメリカに下層白人として流れ込んできて、自分たちの生きるための厳しい団結をやるわけです。このイタリア系移民たちの団結したものをマフィアというので、その正式名称がコーザ・ノストラというわけです。「コーザ・ノストラ」という名前の映画もありますが、コーザ・ノストラというのは、英語でいうとour causeといいまして、「我らが大義」、「大きな生きる目標」というような意味です。貧しいイタリア系の移民たちが団結して生き延びていく組織という意味ですが、我らが大義という組織は生活共同体、利益共同体です。だから、それが暴力組織だとか犯罪組織だと決めつけてはいけないわけです。

 このラッキー・ルチアーノが最大のマフィアの親分で、それに比べれば、2番目に大きな都市シカゴ、日本でいえば東京に対して大阪みたいなもんですが、それの最高幹部がアル・カポネだったわけです。だから、カポネよりもラッキー・ルチアーノのほうが格は上です。マフィアの最高会議をやると、ラッキー・ルチアーノがそれを主催してたわけです。今でもニューヨークには港湾労働者やいろんな種類の労働者たちが五大ファミリーといいまして、あるんです。建設会社とかも。その五大ファミリーは、ラッキー・ルチアーノの次の人物のさらに次で、本当のことを言うと、マイケル・ブルームバーグというのがユダヤ系の元締めです。

 前のジュリアーニ・ニューヨーク市長がいまして、この人は検察官上がりで、ニューヨーク市の検察庁長官みたいな人ですが、この人自身が本当はマフィアそのものであって、ラッキー・ルチアーノの後釜だったでしょう。9.11事件の後、瓦れきの鉄骨や廃材をきれいにさっと片づけたのがジュリアーニの最大業績と言われていますが、それはニューヨークのマフィアたちが動いたからです。それで、マイケルもその系統の人だと言われてます。ニューヨーク市長を最近やめました。

 何でラッキー・ルチアーノが重要かというと、戦争中にイタリアはムッソリーニ政権だったわけですが、ムッソリーニと盟友関係にあるドイツのヒトラーのナチス政権と同盟関係にあった。イギリスがドイツからの爆撃を受けたりして大変だったわけですが、アメリカが一生懸命物資補給を輸送船でやったと。

 大きな輸送船で何百隻もイギリスに物資補給したわけですが、何と情報が漏れていて、アメリカの輸送船団が大西洋を渡ってくるときに、何だかわからないけどもドイツのUボートという潜水艦部隊に待ち伏せ攻撃を食らって、私も実物を見たことがありますけど、かれこれ(長さ)10メーターぐらい、直径1メーターぐらいはありそうな、ものすごい大きな鉄の棒ですが、あの魚雷でどんと、それこそ1万トン2万トン級の輸送船がどんどん撃沈されていったわけです。これじゃたまらん、戦争遂行できないということです。

 そこでわかったのが、ニューヨークやアメリカの主要な都市の港湾で働いてるのは下層白人であるイタリア人で、一歩下を見たらもう黒人だというような世界であることです。つまり、そこの港湾労働者や船乗りたちはイタリア系が非常に多く、その人間たちをラッキー・ルチアーノが束ねてたというか、上から統制してたわけです。

 アメリカ政府はラッキー・ルチアーノと取引をして全米、すなわちアメリカ全土の主要な都市の麻薬と売春とお酒のビジネスを全てルチアーノに任せる、許す、黙認するということですが、そのかわりに船乗りや港湾労働者たちからアメリカの輸送船の情報が漏れないようにしてくれと。

 すなわち、ムッソリーニ政権にアメリカからの輸送船の情報が伝わって、そこからドイツのカール・デーニッツという海軍提督――全体のUボートの最高指揮官で非常に優秀な軍人だった彼のところに流れていたわけですが、それを阻止するために、イタリアマフィアはシシリー島出身ですから、シシリー島出身のマフィア全体をラッキー・ルチアーノに管理させた。

 ですから、アメリカの陸軍第5軍というのは、もっと近くのジェノバあたりから上陸すればいいのに、シシリー島から上陸して攻め上がっていって、もうムッソリーニ政権は倒れてたんだけど、ドイツのほうまでずっと攻めていったわけです。そのときにラッキー・ルチアーノ系をアメリカ政府が抱き込んで、育ててるということです。

 こういうドラマがあった。それと同じことを日本の山口組に対しても行ったわけです。ですから、アメリカ政府は自分たちの役に立つ勢力として日本の山口組を育てたということです。

 戦後すぐはまだベルトコンベアもなければ、ガントリークレーンというんですが、大きなクレーンで、赤と白の縞(しま)の入ったいかにもラクダそっくりのが港湾にあって、スターウォーズの映画に出てきた巨大なロボットラクダの群れはガントリークレーンそのものですが、それもなかった。今は大きな起重機、ガントリークレーンがあるからいいけど、昔は人間が運んでたわけですから、沖仲士たちが非常に重要だったわけです。そして、もう今は要らないということになったと。

 だから、帳簿もつけないで政府に把握されない形での現金の4兆円を消してしまえということで山口組。こういう山口組につながっている自民党の汚れた汚い政治家たちを一掃せよということになるわけです。

 アメリカ政府というのは、汚い暴力団みたいなやつは社会の害虫だから潰してしまえという動きに出ているのですが、同時に自分たちのほうが巨大な悪でありまして、そこのところはじっと見てなきゃいけないと思う。それで、この流れをいま説明した。

 あと一つ非常に大事なことは、児玉誉士夫がたどった歴史で、今回は話しません。次回またやりますが、1960年安保のころに、住吉会や稲川会の1万人とか2万人の暴力団(員)に制服みたいのを着せて、学生や労働組合員たちと立ち向かって乱闘させるという行動に出たわけです。実際に待機させたりしてたわけです。

 これはアメリカではピンカートンという言葉であらわせる。探偵事務所なんですけど、そんな甘いものじゃなくて、労働者のストライキや労働組合運動が非常に激しくなるときは、経営側は500人や1000人どころか2000~3000人の、ピンカートンという会社からの労働組合と闘う暴力団的な人間たちをアメリカでも雇います。そのピンカートンの役割を果してるわけです。

 ところが、不思議なことに、学生や安保改定反対闘争のほうに山口組がいたわけです。で、全学連の最高幹部たちは安保闘争の後、神戸の山口組事務所でぶらぶらと働いていたりする事実もあります。

 私が最近読んだのは、大下英治(おおしたえいじ)という雑誌記者上がりの評論家がいるんですが、この人の『児玉誉士夫闇秘録』という本です。イースト新書というところから、つい最近出た本です。私は大下英治という人の名前はずっと知ってましたが、文藝春秋で10年雑誌記者で働いていて、その後独立して、私より9歳上の人だからもうじいさんです。この人が書いた本で『児玉誉士夫闇秘録』という名前になってますが、これは裏を読むと、2006年の『黒幕―昭和闇の支配者』という大和書房から出た本を、もう一回手を入れ直して文庫にしたやつです。非常にいい本でした。

 この本を読んで、私が一番びっくりした重要な事実は、暴力団対策法(暴対法)のことはちょっと頭のいい人なら知ってて、もっとリベラル派の弁護士や市民運動家は、暴力団にも人権がある、暴対法に反対しましょうという運動もやってたことがあります。

 しかし、もっと重要なことは、その前に、安保闘争が終わった後の1962年ぐらいから児玉誉士夫は全国の全ての暴力団と右翼の団体の総元締めとして大きな組織をつくったんです。これの名前はですね......。まあ、暴力団と右翼が全てでまとまりまして自民党にけんかを売ったわけです。

 これがすごいことでありまして、最初は山口組の最高幹部の田岡一雄なども児玉誉士夫の下に入る形で、関西のほうの責任者の形でこの団体に加盟していたわけです。それが東亜同友会(とうあどうゆうかい)という名前で、何をやったかというと、自民党にけんかを売った。自民党が見苦しい派閥争いなどをしているようでは日本の国のためにはならないみたいな声明文を出したんです。

 これが自民党を怒らせたというか、池田正之輔という読売新聞上がりの、本人もちょっと任侠、やくざ者がかった政治家なんですが、池田正之輔が次のようにしゃべってる。これは199ページです。ある特定の団体が特定の政治家を脅したことは今まであったが、暴力団が団結して連名で自民党に圧力をかけてくるなどということは、日本の政治の歴史上かつてなかった、これがゆゆしき問題だということで、この日から関東会7団体の粉砕の指示を検察庁と警察庁に出してるわけです。

 すなわち、右翼、暴力団系と党人派の政治家、このときは河野一郎という若くて元気な政治家がいたんですが、その人たちに対して官僚派が動いたわけです。そして、次の年の1964年(昭和39年)の2月に警察庁内に組織暴力団取締本部というのが設置された。そして、ここで行われたのが第一次頂上作戦というやつです。その3月に稲川会や住吉連合など10団体が広域暴力団として指定されたわけです。

 最初のほうで話した暴対法が1992年にできたよりもさらに30年前にこの動きがずっとあったわけで、すなわち日本の官僚系の人間たちが暴力団や右翼たちをたたき潰すという動きに出てた。これの頭目が児玉誉士夫だったわけです。

 ただし、まだ児玉誉士夫はその後20年間は活動していて、1976年のロッキード事件で起訴されて裁判所に出廷させられて、やがて死んでいくわけです。第一次頂上作戦という言葉だけはわかると思うんですが、何百人もこの時期に暴力団系が逮捕されている。わずかな罪でどんどん牢屋に入れられていったはずです。

 暴力団というのも、戦後の、まだ焼け跡のはげ上がった、本当に混乱して貧乏な日本の社会に生まれた組織であって、これは江戸時代とかの清水次郎長一家みたいな美しいお話になったりもするけれども、本当は連続的につながっているわけでも何でもなく、伝統や儀式とかすばらしいものがあるわけでも何でもない。彼らというのは本当に生活共同体ですから。

 もっとはっきり言うと、精神障害者に近いような人たちで、普通の生活ができないような人たちです。あるいは、死ぬほどばくちが好きとか、人間的欠陥を持ってる人たちですから、暴力団というのは本当は「福祉団体」であると私は思います。彼らが犯罪を起こして刑務所に入れられたときは、国家による福祉団体。出てきたら普通の暮らしはできないし、生きていくのが非常に厳しいわけですから、自分たちだけで生きていける特別な福祉団体であるところの暴力団を組織してるんだとも思ってます。ただ、そういうことを書くと、出版社が副島隆彦の文章のそこのところを削ります。

 1962年から1964年にかけての児玉誉士夫の闘いというのがあって。すなわち自分は自民党の世話になんかなってない、自分が自民党という政党をつくったんだという意識を持ってるわけです。

 それに対して位置しているのが、同じく巣鴨プリズンから釈放された戦犯の笹川良一(ささかわりょういち)の勢力です。がつくってる日本船舶振興会というやつですが、それが笹川財団。アメリカではUnited State-Japan Foundationといいますが、ここは一番悪い団体で、アメリカに忠誠を誓ってて、今も中国をたらし込むための活動とかをしています。いまは笹川平和財団といいます。

 官僚たちや、テレビ・新聞の部長たちや、検察や警察の最高幹部たちまで秘密で、アメリカのマイケル・グリーンやアーミテージたちの指揮を受けて小沢一郎を潰した団体があるんですけど、それも笹川財団の中で行われていたはずです。それから橋下徹、日本維新の会などを資金面で応援して育ててるという面もあります。もっと恐ろしい宗教団体とも絡んでます。

 だから、笹川良一は児玉誉士夫より少し格が上ということになってますが、彼ももう20年前に死んでますが、本当は児玉誉士夫のほうが真っ当な男だったんじゃないかと私は思う。笹川良一たちは最後まで上手に生き延びて、アメリカの汚い裏の政治のところにかかわり続けたんだと思います。

 目の前に『われかく戦えり-児玉誉士夫随想・対談』という本があって、これは1975年廣済堂出版刊です。それから、『獄中獄外-児玉誉士夫日記』という本。これも廣済堂出版で1974年。それから、1972年の『風雲-児玉誉士夫著作選集』というものもありまして、こういうのも持って読んでます。

 ただ、大下英治というのは文春のトップ屋ですから、アメリカのアの字も出てこない本を書くやつで、要するに文春というところでずっと記者をやってた男ですから大したやつじゃないんですが、でも、事実関係だけはきちんとされている男です。

 この本の例えば196ページに書かれているように、関東七社会が昭和38年(1963年)につくられてるわけですが、ここで一応名前だけ挙げてる人たちが日本の戦後の一番重要な暴力団の親分たちです。

 稲川会会長の稲川角二と住吉会会長の磧上義光(せきがみよしみつ)、それから松葉会の藤田卯一郎、それから日本国粋会の森田政治、義人党という団体の高橋義人、それから東声会(とうせいかい)といって、これは力道山を育てたような人ですが町井久之、それから北星会の岡村吾一、この七つの団体の上に児玉誉士夫がぽんと乗っかるという形になっていた。

 もうこの人たちも全部死んでいますが、これらの人々が日本の暴力団や右翼の最高幹部たちなわけです。ですから、私はここに至る流れをずっと説明してきました。

 児玉誉士夫について戦争中や戦前何をしてたのかという話は今日はしません。山口組をアメリカがいま捨てようとして、それは緊急の金融統制体制に日本が持ち込んでいくために重要な段階に来たからだということをご理解ください。終わります。

<参考記事>

米メディアが衝撃報道 「東京五輪はヤクザ・オリンピック」

2014年2月13日 掲載
JOC副会長と森元首相の"黒い交際"指摘


「The Yakuza Olympics」――。月間1500万の読者を抱える米国最大級の老舗ニュースサイト「デーリー・ビースト」が、こんなタイトルのリポートを掲載し、世界に衝撃を与えている。東京五輪のキーマンと広域暴力団のつながりにスポットを当て、6年後に対する懸念を示したものだ。

 そのひとつが、JOC副会長の田中英寿氏(日大理事長)と指定暴力団住吉会の福田晴瞭会長の関係。〈田中英寿氏は福田会長と過去においてよい友人であった。また彼が山口組のボスの少なくとも1人、さらにはほかの暴力団の構成員とも友人関係を維持していることを示す書類もあった〉と紹介している。

 また、組織委員会会長に就任した森喜朗元首相についても、〈以前にヤクザとつながりがあったと日本の報道機関(毎日新聞、週刊文春など)が報じている〉〈森氏は犯罪組織のボスの息子の結婚式に出席したし、ヤクザが支援する右翼団体のリーダーと親しかった〉と指摘。〈警察筋によると、この両名が過去にどの程度ヤクザと関わりを持っていたか、そして犯罪組織と現在つながりがあるかについて、調査中であるとのことだ〉と書いた。

さらに、2020年のオリンピックの建設費用が38億ドルと推定されているとした上で、〈田中氏、あるいは森氏さえもが犯罪組織を五輪へつなげる口利きの役割を果たしているかも知れない、と警察は心配している〉と続けているのだ。

 もちろん黒い交際は昔のことかもしれないし、暴力団への利益供与を考えているかも不明である。だが、「スポーツを実践することを通じて若者を教育し、平和でよりよい世界の建設に貢献する」(オリンピック憲章)という哲学にかなう人物とも思えない。

 リポートを書いた「デーリー・ビースト」の調査報道記者、ジェイク・アデルシュタイン氏が、改めてこう言う。

「日本の広域暴力団は米国政府のブラックリストに載っています。米国内の資産は凍結され、米国内の企業との取引も禁止されている。今も付き合いがあるのかどうかは分かりませんが、少なくとも彼らがJOCの副会長や組織委員会の会長を務めるのは、米国の政府にとっても選手にとっても良くないこと。五輪に関与することには疑問があります」

 米ニュースサイトの報道について、JOCは「特にコメントしない」としたが、このまま開会式を迎えれば、日本は世界の恥さらしになってしまう。

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海外口座情報を共有 課税逃れ防止、G20合意へ 国税当局間にオンライン
日本経済新聞 2014年2月8日

 日米欧など主要20カ国・地域(G20)は資産隠しや税逃れを防ぐため、課税対象者が海外に持つ銀行口座の情報を得やすくする新たな仕組みをつくる。22、23日にオーストラリアで開くG20財務相・中央銀行総裁会議で合意し、2015年末までの導入をめざす。把握が難しい海外の口座情報を税務当局がオンライン上で提供し合う。主要国が連携し、課税回避の動きに歯止めをかける。
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 G20で、34カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)が非居住者の口座情報を多数の国で共有する新たな統一ルールを提案する。対象となるのは、その国に住んでいない人の口座の名義人や口座の残高のほか、海外との資金のやりとりなどの情報だ。

 外国にある金融機関の口座情報は把握が難しく、税逃れが各国で問題になっていた。今後は各国の金融機関が定期的に情報を入力し、国税当局間のオンラインネットワークで公開する。税務当局は課税対象者の海外の口座情報を瞬時に得られるようになる。

 各国はこれまでも課税逃れを防ぐため、互いに租税条約を結んで情報を共有してきた。11年に欧州有名ブランドの元日本法人社長の遺族がスイスの金融機関に遺産約25億円を隠していたケースなど、悪質な際は税務当局が個別に連携してきた。

 ただ通常は海外からの入金情報などを一度CDに記録して不定期で相手国に送る程度だった。国によっては2年に1度しか情報提供がないなど、情報収集や分析に時間がかかっていた。

 新しい仕組みでは、オンラインシステムを通じて常に最新の情報が把握できるほか、入金情報だけでなく口座残高などの情報も共有する。例えば、日本人のAさんが米国の金融機関に1億円相当の預金を持っていても、海外との資金移動がない場合は日本の国税当局は把握が難しかった。今後はAさんに脱税の疑いがあればすぐに米国の口座情報を得て調査できる。

 新たな枠組みには中国などG20メンバーの新興国も加わる見通し。英国が参加するため、タックスヘイブン(租税回避地)の英領ケイマン諸島なども対象になる予定。今後はOECD加盟国にも参加を呼びかける。

 ただ金融機関にとっては手間やコストなど負担が増すほか、非居住者の口座情報すべてを提出することに慎重な国が出る可能性もある。参加国を増やし、実効性を高められるか課題も残る。


ヒメイワダレソ ウ

「ヒメイワダレソウ」というクマツヅラ科イワダレソウ属の植物に、強力な放射性セシウム吸着効果がある事が判明しました。緑化事業の「田中建設」が南相馬市で実際に植えて調査をしてみたところ、ヒマワリの30倍に匹敵するセシウム吸着効果を確認したとのことです。しかも、「アンモニウム肥料を用いれば吸着率が高まる」というような結果も合わせて発表されており、日本から放射能を除去する新しい方法として研究が行われています。

従来の除染では土を機械で剥いだり、木や草を丸ごと刈り取っていたため、この方法ならば、従来の除染よりも低コストでかつ効果的な放射能除染を実行することが出来るかもしれません。

ただ、今は調査段階のため、一般人の方もこの方法を使えるようになるのは、かなり先の話になりそうです。
ヒメイワダレソウはスーパーなどでも販売されているので、放射線量が高い場所に住んでいる方は試しに植えてみると良いかもしれませんね。

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2487.html


ワクチン拒否するときに使う書類


t02200141_0720046312933486662.jpg http://ameblo.jp/hi-mawaricom/entry-11844140351.html